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とかじり小四郎 ―北条義時―31

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『 とかじり小四郎 ―北条義時― 』

 

 その日、御所の廊下を歩いていた小四郎は、突如横から聞こえた小さな悲鳴に驚いて足を留めた。目を落とせば、長い黒髪が小四郎の仕込み杖の竹節に引っかかっている。

「痛ぁい!」

 一人の女官らしき少女が、頭を押さえて涙目でこちらを見上げていた。

 小四郎はそっと外してやろうと髪を手に取るが、軽く引っかかったくらいだろうと思われたその髪は外そうとする間に別の節に引っかかり、どんどんととかじっていく。

 やっとのことで仕込み杖から外した時には、少女の髪の毛はぐちゃぐちゃになっていた。

「あーん、やっと梳かしたのに!」

 まだまだ幼そうな女官だ。御所に上がったばかりなのだろうか。それにしても随分な剛毛だ。黒々として重く、意志を持つかのようにうねっている。所々ひっかかったらしき跡があるのがまた気の毒だ。

「しょんない」

 小四郎は少女の後ろに回ると、彼女の髪を持ち上げて軽く纏め、ちょうどその近くに立っていた女官が手にしていた鮮やかな朱の細布で結わえてやる。華やかに広がった細布は彼女の大きな瞳や赤い唇、ふわりとうねりながら広がる黒髪によく映えた。

「あら、美しいこと」

 声に振り返れば、政子がちょうど側を通りかかる所だった。

「野暮な小四郎にしては良い趣じゃないこと?」

 政子の軽口に、小四郎は軽く肩を竦めて見せる。

「え、小四郎?」

 小さく叫んだ少女に小四郎は目を落とす。少女は真っすぐに小四郎を見上げていた。興奮しているらしい。その頬が紅潮している。少女は自分を指差すと意気込んで口を開いた。

「私、真朝よ。覚えていない? 伊豆函南の安達の館にいた」

 小四郎は目を瞬かせた。安達の館に少女などいただろうか。答えられずにただその顔を見る。

「ほら、五郎と一緒に遊んでた」

 ほらほら、とその女官が自分を指差している。だが、五郎と女の子が遊んでいた記憶自体がまるでない。

「真朝、無理よ。小四郎はあなたのことを男の子だと思っていたんじゃないの?」

 政子が笑って近付き、真朝の肩を抱いた。

「だって、私だってそう思っていたんだもの」

 それから政子は小四郎を振り返った。

「小四郎、安達の館に比企の尼殿が一時期滞留されていたのを覚えている? その時に一緒にいた子よ。五郎と一緒にあなたによく悪戯を仕掛けていたわ。覚えていないの?」

 ああ、と思い出す。五郎とつるんでひどい悪戯をした子供はいた。だが、あれは男の子だったのではないだろうか。

「いい年頃になったので女官として御所に上がることになったのよ。よろしくね」

 政子がそう紹介し、小四郎は頭を下げた。

 気付けば年月が経っている。赤子は子供に、子供は大人に、大人は老人に。寂れた田舎だった鎌倉は今や大都市となりつつあった。

 なのに自分は何も成長していない気がする。相変わらず武芸はぱっとせず、発言を求められても気のきいたことは言えず、ただ突っ立っているだけ。

 『義弟というだけで家の子筆頭とは』と陰口を叩かれているのもよく知っている。

 だが身内に厳しい頼朝のこと。小四郎が少しでも反抗をすればすぐに捨てられ攻め滅ぼされる。小四郎が絶対に噛み付かない犬だとわかっているから頼朝は飼っているだけなのだ。小四郎が噛み付けば、頼朝はこれ幸いと時政もろとも攻め滅ぼすだろう。その時、政子がどうするか。

 どうかな、と小四郎は軽く微笑む。兄を殺した時政と見殺しにした自分を助けたりはしないだろう。五郎だけは助けるだろうが。政子にとって五郎は自分が育てた子だ。

 

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