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とかじり小四郎 ―北条義時―6

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『 とかじり小四郎 ―北条義時― 』

 

 急いで蛭ヶ島に戻れば、館の中はガランとしていた。元々、旅の途中の仮住まいで荷はほとんどなかったが、その全てが消え、床は綺麗に拭き清められていた。

 慌てて馬屋へと走る。するとそこには旅姿の石和五郎が馬を引いて立っていた。頼朝の姿はない。

「ああ、戻ってきたか。文を佐殿に託したんだが」

 肩で息をしながら首を横に振る小四郎に、石和五郎は片頬だけを上げる笑みを見せた。

「そろそろ石和に戻る。ええ加減、留守を任せた妻が怒るからな」

 突然の別れの言葉に、小四郎は唇を噛み締める。

「木曽にも面白いこんがありそうでな。清和源氏の生き残りが木曽にも隠されてたらしい。噂じゃなかなかの人物ちゅうこんだから会いに行く」

 そして馬上から、じっと小四郎の顔を見つめた。

「おまんも一緒に行くか?」

 小四郎は驚いて石和五郎の顔を見上げた。目と目が合う。真っすぐ自分を見つめるその目に、彼が冗談で言ってるのではないことが知れた。

 石和五郎は小四郎の一つ上。甲斐の武田信義の五男だ。石和の土地と名を継いだものの、土地と子を妻に任せてあちこちを旅してまわっているとのことだった。伊豆には頼朝に会いに来て、そのまま逗留していた。時政が蛭ヶ島の館を手入れし直して強く引き留めたのだ。食事も小四郎に運ばせるくらい徹底した客扱いをしていた。

 武田は甲斐源氏の嫡流。勢力を広めつつある武田に恩を売るためだろう。だが、そんな父の思惑には関係なく、小四郎は石和五郎に惹かれていた。石和五郎は旅であった様々な面白い体験を小四郎に語り、単なる弓馬術に終わらない不思議な武術や、実践的な兵法を事細かに教えてくれた。寡黙で表情のほとんど変わらない小四郎をまるで気にせず、でも小四郎の僅かな心の動きを読んで笑ってくれた。石和五郎は小四郎にとっては単なる食客ではなく、親友と呼べるくらいの間柄。だから「行きたい」と答えたかった。心では答えていた。でも……。

「行けない」

 やっとのことで出て来た言葉はそれだけ。

 石和五郎は少し黙って小四郎を見た後、いつもの通りの自信たっぷりの笑顔を見せた。

「そんな顔しちょ。縁がありゃ、また会えるずら」

 小四郎は頷いた。頷くしか出来なかった。

「また会おう! 元気でいろし!」

 手を上げると颯爽と馬を懸けて行く。あっという間にその背は北の丘に隠れて見えなくなった。

 砂埃の舞う小道で小四郎は下を向く。

「しょんねぇ」

 ぼそりと呟く。きっと石和五郎はどこに行って誰と会ってもあのように快活な笑顔で誘うのだろう。二度と会えないと思っても「また会おう」と言うのだろう。世辞だ。

 そんな自分が惨めで、小四郎はその場に踞った。

 

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