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頼朝好き・北条数寄FanSite「あづまがたり」

名こそ惜しけれ(頼朝と政子)1

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リビドーロゼ

 

「はぁ? 館が打ち壊された? 一体どうして?」

頼朝は素っ頓狂な声を上げて、目の前でにやにやと笑っている藤九郎の顔をまじまじと見た。
ちょうど出掛けようとしていた所だ。
なのに、その行き先が打ち壊されてしまったという。

頼朝は、ふぅ、と肩をすくめた。
「政子か」
「見事ばれましてございます」

打ち壊されたのは伏見広綱の館。
伊豆の流人時代から交流のあった亀の前をそこに呼び寄せて愛していたのだ。
だがそれが政子にばれ、事もあろうに館を打ち壊され、亀の前は命からがら逃げ出したのだと言う。

頼朝は軽く頬を上げた。
ま、いい。
ばれないだろうと考えていたわけではなかった。予定よりは随分早いが。
それにしても打ち壊しまでするとは。

「誰がばらしたのだ?」
「某ではありませんよ」
「そんなことはわかってる。侍女たちか?」
「それは口止めしていたんですがねぇ」

しらっと答える藤九郎に、頼朝は少し苛々とする。
「もったいつけるな。誰なんだ?」
「誰がばらしたかよりも、誰が打ち壊したかをお聞きになりませんか?」
「下手人か。誰なんだ?」
「牧宗親殿ですよ」
その名を聞いて、頼朝の目が光った。
「ほぅ、牧の」
「ええ、牧の方の父君であられる。御台様にとって牧の方は継母。
ま、あまりお仲は良くないようですがね」

途端、頼朝は子供のように声を立てて笑った。
「そうか。牧宗親を使ったか。では、政子にばらしたのは牧の方だな。
牧の方の意地悪への復讐に、その父宗親に手を下させるとは。女とは恐ろしいものだな」
そう言いながらも、頼朝は至極楽しそうだった。
「怖いとわかっていなさるのに、平気で浮気をするあなた様が私にはわかりませぬが」
「それは仕方がない。政子が構ってくれぬからいけぬのだ。
万寿を妊娠してよりずっと放っておかれたのだぞ? もう出産も済んだのに」
「そのような愚痴を私に言われましても」
藤九郎は肩をすくめる。
「でも、殿はすっかり亀の前にばかりご執心なのだと思っておりましたが?」

頼朝は、ふっと笑った。
「まさか。政子を蔑ろには出来ぬよ」
それから、トントンと楽しげに床を叩いて拍子を取る。
「楽しいな。やはり政子は面白い女だ」
藤九郎も笑った。
「そうおっしゃっていただけるなら、お二人の間を取り持った私の株も上がりますなぁ」
「あれ、そうだったっけ。藤九郎に取り持って貰ったかな?」
「取り持ちましたとも。妹御への文をわざと間違えて御台様に送ったのは私ですから」
「やれやれ、そなたは主人の命に背くとんだ従者だな」
「おかげさまで」
小気味のよい会話が続く。
流人時代から頼朝に仕えている安達藤九郎盛長は、鎌倉に移った今も頼朝の片腕として表に裏に動いていた。

頼朝は楽しそうにパンと膝を叩くと、軽やかに立ち上がった。
「では、私から意趣返しをしてやるとしよう」
「御台様の所にお出かけになりますか」
「いや、まずは牧に制裁を加えてからだ」
「程々になさいませ」
「政子への手土産にするのだ」
そう言って、頼朝は浮き浮きと足取り軽く部屋を出て行った。

果たして御台様がそれをお喜びになるのかどうか、と思いながらも、藤九郎は黙って主人を見送った。
言い出したら聞かないのは昔からのことだ。

 


 

「鐙摺(あぶずり・葉山)に遊びに出掛ける。供をせい」
普段なら呼ばない牧宗親をわざわざと呼び出して供にすると、頼朝は葉山の大多和五郎の館を訪れた。そこに広綱と亀の前がいることをわかった上での遊興である。

広綱を召し出し、わざとらしく聞く。
「広綱、そなたの館が打ち壊しに遭ったとのことだが」
「は、左様でございます」
「誰ぞに恨みでも買っていたのか?」
「滅相もない。そのようなことは決して」
「では、誰にやられたのだ?」
側に仕えている者達は、じっと黙って息を詰めている。
皆、知っているのだ。
誰が、誰の命でやったのかを。

「それは……」
さすがに広綱も、牧宗親本人を目の前にして言い淀む。
だが、頼朝は容赦しなかった。
「誰だ。手を下したものの名を申せ」
冷たい声。
「顔を見たのだろう?」

広綱は頭を下げ、小さな声で何かを答えた。
頼朝は立ち上がり、振り返る。
「宗親、そなたが館を打ち壊したと広綱は申しておる。まことか?」
宗親は平伏低頭して、傍目にもわかる程にがたがたと身体を震わせていた。
「答えよ」
宗親は口を開くことも出来ない。ただただ地に頭をこすりつけていた。
だが、答えがないことが答えになる。
「御台か」
頼朝の問いに、宗親はびくりと顔を上げた。
「御台がやったのか?」
目を細めて問う頼朝に、宗親は懇願するような目をした。でも口はまだ開かない。
肯定していいのか、否定した方がいいのか、頼朝の真意をはかろうとしていた。

あくまでも声を出さぬ宗親に頼朝は更に質問を重ねた。
「では、問う。御台が壊せとそなたに命令したとする。対して私は何と言ったと思うか? やはり壊せと命令すると?」
宗親は小さく何度も首を横に振る。
「では、私の命令よりも御台の命令の方が、そなたの中では意味が高かったということか?」
宗親はもう首すら振れずに、ただ真っ白な顔で頼朝を見ていた。
その姿を多少憐れに思いながらも、頼朝はそのような色をまるで見せずに冷たく宗親を見下ろした。

憐れな男だ。
愚かな男だ。
娘に使われ、政子に使われて。
まこと、女の喧嘩は恐ろしいもの。

頼朝は小刀を手に取った。その刀身を鞘から抜く。
「殿! 何をなさいます?」
側に控えていた男達がどよめく。
でも誰も止めるものはいない。藤九郎は置いて来た。
頼朝は知らぬ顔で宗親のすぐ前に立った。

女を立ててやることは大切なことだ。
但し、ただ利用されるのみは愚かなこと。
女の言うなりのような顔をして、女を思い通りにあしらえてこそ一人前。

「私の命に背く者は罰を受けねばならぬ」
そう言って、頼朝は宗親の頭に手を伸ばした。
侍烏帽子を地に叩き落とすと、髻(もとどり)をぐいと掴む。
そして、そのまま刃を滑らせた。

ざらりと落ちる髪。
頼朝は手にした小さな髷を、ぽとりと宗親の目の前に落としてやった。
男達は声もなく、その一部始終を見ている。

髷は男にとって命にも等しいもの。
首を落とされると同等の屈辱とされる。
それを、たかが女絡みのいざこざで落とされる。
死以上の恥辱であろう。

カチン。
頼朝は小刀を鞘に収めると何食わぬ顔で歩き出した。
「今宵はこちらに泊まる。用意をいたせ」
「はっ」
ばたばたと慌ただしく男達が動き出す。

「牧殿!」
後ろで声がする。
軽く足を止め、肩越しに目をやったら、牧宗親が走って逃げ出した所だった。
男泣きに泣いているようだった。

あーあ、と思う。
一体どんな噂をされるものだか。
冷酷無非で、不人情で、手酷い男として頼朝の名は鎌倉中に、そして京にまで知れ渡ることだろう。

でも。
仕返しはしたぞ、政子。

二、三日したら顔を見に戻ろう。
きっと、また怒られるのだろうが。
でも、喧嘩を売ってきたのはそなたの方。

政子の怒る顔を想像して、頼朝はこっそりと扇の陰でほくそ笑んだ。
叱られるのが楽しみだとは、我ながら悪趣味だとは思う。
でも、構われないよりずっといい。

そんな悠長なことを考えていた。

だが、事件はこれだけでは当然終わらないのである。

 

名こそ惜しけれ(頼朝と政子)2

 

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