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腑抜けの三郎―北条重時―06

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「まぁ、お上手に書けたこと」

 優しい母の声に、三郎は筆を握ったまま得意げな顔で振り返った。

 館を抜け出した翌朝、次郎と三郎の二人は、由比の浦に小船で揺られている所を漁師に発見された。

 三郎は手に小さな玉を握りしめていた。一筋の濁りもない透き通った美しい玉。でも何故それを握っていたのか、どうやって小船に乗ったのか、まるで記憶がなかった。

 母は、小さな守り袋にその玉を入れてくれた。

「これはきっと弁天様からの授かり物ですよ。大切に隠してお持ちなさい」

 江島のことがあって以来、三郎は部屋に引き蘢もるようになっていた。父母は心配して薬師を呼んだり祈祷したりしたが効き目はなかった。

 赤い花を見るだけで恐がり、夕焼けに怯え、煮物の人参すら嫌がる三郎に、母は赤い着物を処分して紅をさすのも止めた。

 でも今日は珍しく気分が良かった。庭で小鳥が赤い実を啄んでいるのが見えたが、その赤に怯えることなく静かに眺めることが出来た。雨で色がぼけている為か、母が褒めてくれた為か、動転していた気がやっと落ち着いたのか。

 その時、下女が母を呼びに来る。

「お方様、殿がお戻りです」

 母は笑顔で応えると立ち上がった。それを黙って見送った三郎は、ふと机の上に置かれた書き上げたばかりの書に目を留めた。つい先日父が教えてくれたばかりの孟子の一節。

『至誠』

 父に話してみようかと三郎は思った。自分は戦で死にたくないと。僧になりたいのだと。鎌倉は血の匂いがして恐ろしいのだと。誠を尽くせば至らぬことはないと、そう教えてくれた父なのだ。きっとわかってくれる。

 勢いを付けて立ち上がり、書を手に母の後を追う。

 だが玄関へ辿り着いた三郎は、そこまで出たことを後悔した。帰宅した父はいつもの父ではなかった。どこからどう帰ったのか、雨にぐっしょりと濡れ、昏く、冷たく、刺々しく、禍々しい気を放っていた。

「一体、何があったのです?」

 母の問いかけに父は何も答えない。その直垂姿は出かける前に三郎の部屋に顔をのぞかせた時と同じなのに、何故か濃い赤い血の気配がして三郎の足は震えた。

――ああ、あの日と同じだ。血の匂いも。

 いたずらで忍び込んだ御所で兄とはぐれ、裏庭へ辿り着いた三郎は異様な光景を目にした。後ろ手に縛られ、膝をついた一人の男を取り囲む、刀を手にした数人の武士達。

「小四郎、首を刎ねよ」

 冷たく命じる声に、男の背後から一人の武士が刀を大きく振り上げる。その刃の下、ざんばら髪の男が正面の男を睨み上げた。

「時政、いつまでもお前の思い通りにいくと思うな! 必ずや御所様は……!」

 だが、男が皆まで言わぬうちに銀色の刃が煌めいた。ゴロンと重い音を立て転がり落ちる首。その正面でふんぞり返っていた一人の男が小さく舌打ちをする。

「小四郎、呪いの言葉を吐く前に首を落とさぬか! だからそなたは愚図だと言うのだ」

 そう吐き捨て、こちらへ向かって歩いてくる男。その顔に見覚えがあった三郎は慌てて物陰に隠れる。祖父の北条時政だった。

 では刀を振り下ろした男は? 愚図だと詰られた男は? そんなの見なくてもわかる。父・江間小四郎義時は、表情無く落ちたばかりの首を見つめていた。

 カラン。手から離れた筆が床へ転がる。同時に書がひらりと風に舞い、筆の上へと落ちた。『至誠』の文字が黒く滲んでいく。

 音で振り向いた母は、三郎に駆け寄ると父の目から隠すように強く抱きしめた。部屋に戻るよう命じられる。

 乳母に肩を抱かれて歩きながら三郎はそっと後ろを振り返った。あの日と同じ無表情の父。

 戦が始まるのだと悟る。

 その夜、父母の言い争う声で三郎は目を覚ました。母の声が大きい。でも何を話しているかわからない。強く目を瞑る。耳を覆う。

――死にたくない。

 三郎は言葉を扱えぬ赤子のように、いやいやと首を横に振った。知らない。見たくない。聞きたくない。僕は関係ない。戦なんか嫌いだ。武士なんか嫌いだ。三郎は母が作ってくれた守り袋を握りしめ、必死で祈る。

「弁天様、助けてください。僕は死にたくない。戦になど行きたくない。どうかここから逃がしてください!」

 しばらくして父の鋭い声がして、そしてまた館は静寂に包まれた。

 翌、九月二日。小御所に立て篭った比企一族は火を放たれ、頼家の嫡子もろとも一族滅亡した。

 攻め手の大将は江間小四郎義時。三郎の父。

 だが、三郎の母・朝姫は比企の姫だった。

 母は父と離縁し、次郎と三郎、二人の手を引いて鎌倉を出て京へと向かった。

 

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