menu
閉じる
  1. 『 腑抜けの三郎 』 ―北条重時―
  2. 『 とかじり小四郎 』北条義時物語
  3. いもうと(頼朝と政子)
  4. 流鏑馬神事(海野幸氏と大姫・後編)
  5. 『アマカケル北条の姫 ―蛙姫― 』北条家血 お知らせ
  6. 20万字もの長すぎる文章をKindle用にe-pub化する方法(Mac…
  7. あづまがたり(頼朝と政子の出逢い)
  8. イザヤ!鎌倉「江間家の段」1(My wife’s mirror:吾妻鏡…
  9. 連載は3月で完結。4月いっぱいで下げます。<アマカケル>
  10. 竹御所、若紫源氏を育てる(鞠子と三寅)
閉じる
閉じる
  1. 腑抜けの三郎―北条重時―26
  2. 腑抜けの三郎―北条重時―25
  3. 20万字もの長すぎる文章をKindle用にe-pub化する方法(Mac…
  4. 『 腑抜けの三郎 』 ―北条重時―
  5. 腑抜けの三郎―北条重時―24
  6. 腑抜けの三郎―北条重時―23
  7. 20万字もの長すぎる文章をKindle用にe-pub化する方法(Mac…
  8. 腑抜けの三郎―北条重時―22
  9. 『琥珀の龍紋』10/10に削除します。
  10. 腑抜けの三郎―北条重時―21
閉じる

頼朝好き・北条数寄FanSite「あづまがたり」

腑抜けの三郎―北条重時―10

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 
 

 
 
 船が三浦半島の鼻先に差し掛かった時、義秀が声を上げた。

「よし乙姫、あれを頼むぞ」

 乙姫は鈴を手に立ち上がり、岬の橘神社に向かって深く二礼した。

 橘神社は日本武尊由来の神社だ。尊は上総国への海上で暴風雨に遭った。妃の弟橘媛は海に身を投じて尊を助ける。弟橘媛は竜宮に下りて乙姫となった。

 龍は水神。雨風を起こし、地を震わせ災厄を起こすが、同時に海の恵みも与えてくれる。

 海人達は龍を深く崇拝していた。皆、顔を伏せて黙して橘神社を遥拝する。乙姫の鳴らす涼やかな鈴の音、ギイギイと哭く櫓の音、飛ぶカモメの鳴き声。

 船は岬を回って外洋へと出て行く。鈴の律が徐々に拍子を上げて激しくなっていく。男達は顔を上げ、声高に吼え始めた。櫓で波を叩き、掌で船板を叩いて拍子を取る。これは海の男達の閧の声。

 ……シャン!

 乙姫が最後の一振りを響かせると男達はピタリと動きを止めた。叫んでいた喉も閉じる。波の音だけが残る。

 その余韻に浸っていると一人の男が空を仰ぎ「虹だ!」と叫んでひれ伏した。皆、一斉に頭を垂れる。

 虹は吉兆。聖なる神の降臨。義秀は船の上に立ち上がると男共に喝を入れる。

「龍神様のご加護は約束された。テメェら、気合い入れて漕げよ! 予定より早く着いたら全員に褒美をやるからな!」

 義秀の声に男達は歓声を上げる。

 乙姫はふぅと一つ大きく息をつくと後ろを振り返った。三浦の対岸には故郷・安房の半島がある。そちらに向かって小さく手を振った。安房は生まれ故郷ではない。でも海から見えるこの風景は彼女にとって大切な宝。

 アカハナマ イキヒニミウク……。

 アワ歌を小さく口ずさむ。アから始まりワで終わるこの歌は彼女の身体の中に残っていた歌。

 『寂しい時、嬉しい時、困った時、どんな時でもいい。歌を歌えば平気になる』と、そう言った人がいた。無くした記憶の欠片。その人のこともその歌の意味も覚えてなかったけれど、歌詞だけは身体に染み付いていた。

 

 乙姫。本名は音。いつどこの生まれか、親が誰かもわからない。八年前に江島の亀の岩に打ち上げられているのを海賊船に拾われた。名前以外の全ての記憶を失っていた。

 海賊達は音の足を見てざわめいた。魚の鱗のような紋がびっしり見えていたからだ。「人魚だ」と一人が口走ると男達は一斉に押し黙る。人魚は災厄を起こす。怪異を呼ぶと畏れられていた。

 自分を囲む冷たい空気に音は震え上がる。だが一人の男が口を開いた。

「いや、この娘は人魚とは違うぞ。俺は奥州で打ち上げられた人魚を見たが、あれはもっと魚らしくて足などなかった」

「じゃあ、この娘はなんだ?」

 ざわざわと揺れる空気の中、風読みの爺と呼ばれる老人が音の顔を覗き込む。

「これは龍女じゃよ。龍神の娘だ。ここまで鱗がはっきりとしているのは珍しいがな」

 その時、それまで黙っていた義秀が突然笑い出した。皆驚いて義秀を振り返る。

「この江島は龍神様の島だぞ。その岩屋で龍女を拾うとは、随分と縁起がいいじゃんか」

「だがお館、龍女は周りの人間を取り殺すと聞くぞ。もしも祟られたら……」

「祟りなぁ……」

 義秀は腕を組んで無精髭を撫で上げる。

「父さん、助けてあげようよ。この子は悪い顔をしてない。俺ら海賊は龍神様をいつだって大切にお祀りしてるんだ。祟られるわけないじゃんか。それより守り神に違いないよ」

 巴だった。義秀は娘の言葉に鼻を鳴らし、首を竦めると音に顔を近づけた。

「おい、お前。名前は何と言う?」

 唯一記憶に残っていた『音』の名を告げた途端、義秀は大きな声で笑い出した。

「竜宮の乙姫か! こりゃあ本物だぞ」

 周りにいた男達も一斉に笑う。音は首を横に振った。

「乙姫じゃない。音」

 濡れた指先で乾いた船の床に「音」の漢字を書いてみせる。

「お前、字が書けるのか? どこの娘だ?」

 字が書ける者など多くはない。義秀は疑い深げに目を細めた。音は首を傾げる。頭が痛い。霞がかかったように考えが纏まらない。

「その袂に入ってるのは何だ?」

 義秀に問われて着物の袂を漁る。袂の裾には美しい金の粉が蒔かれた小箱があった。

「お前、どこの氏族の娘だ? それとも公家か? または盗賊か」

 音は小刻みに首を横に振る。どこを漁っても音の中には名前以外の記憶がなかった。

「知らない。覚えてない」

「そんなはずないだろう。お前はどこにいて、どうしてここに流れ着いたんだ」

 義秀の声が鋭さを増す。音はただただ目を見開いて首を横に振った。

「隠しても無駄だぞ」

 心の底まで届いて魂をむしり取るような容赦のない声。音はガタガタと震え、後ずさりした。海の中に潜って逃げてしまいたい。

 だがその時、義秀の後頭部が勢い良く蹴り飛ばされる。巴だった。

「しつけぇぞ! 覚えてないって言ってるじゃんか。ちまちま細けぇことを抜かすなんざ海の男じゃないね! 軟弱男はとっととオレに船を譲れ。陸に上がって隠居しちまえ!」

 蹴られた拍子に船の縁に打ち付けた頭を撫で、毒の抜かれた顔で義秀は胡座をかいた。

「巴、お前は女には甘いんだからなぁ」

「なぁ父さん、こいつはオレが面倒見るよ。祟りなんか起こさせないから! 頼むよ!」

 義秀はガリガリと頭を掻いて苦笑する。

「お前、妹が欲しいって言ってたもんな。仕方ねぇな、拾ってやるよ。音だっけ? 乙姫でいいじゃん。事情は知らんが本名は隠しておくか。『こと』って名前はどうだ?」

「こと?」

「『音』の漢字から線を一本引いたのさ。言の葉の『こと』だ」

 それ以来、音は海賊の一人となった。船に乗って神事を行い、船の安全を祈願する。三浦の海巫女・乙姫として音は海上にあった。

 

次ページ

目次へ戻る

関連記事

  1. 流鏑馬神事(海野幸氏と大姫・前編)

  2. 腑抜けの三郎―北条重時―09

  3. いもうと(頼朝と政子)

  4. とかじり小四郎 ―北条義時―17

  5. 北条政子の夢買物語 3

  6. 北条政子の夢買物語 24

おすすめ記事

  1. 『 腑抜けの三郎 』 ―北条重時―
  2. 20万字もの長すぎる文章をKindle用にe-pub化する方法(Macで縦書き・無謀勝負)その1
  3. イザヤ!鎌倉「江間家の段」3(My wife’s mirror:吾妻鏡・妄想誤訳)
  4. イザヤ!鎌倉「江間家の段」1(My wife’s mirror:吾妻鏡・妄想誤訳)
  5. 竹御所、若紫源氏を育てる(鞠子と三寅)

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

Amazon 出版物(電子書籍)


捕えられ鎌倉へと送られた白拍子は、八幡宮での舞に呪をこめる。男児を殺され奥州を目指すも辿り着いたのは蝦夷だった。静御前の話。(中編)


木曾義仲の息子・義高が逃亡した。その身代わりとなって牢に繋がれた海野幸氏と、彼を助けようとする大姫の話。(短編)

ポチで応援おねがいします

にほんブログ村 歴史ブログへ にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

おすすめ記事

  1. 腑抜けの三郎―北条重時―26
  2. 腑抜けの三郎―北条重時―25
  3. 20万字もの長すぎる文章をKindle用にe-pub化する方法(Macで縦書き・無謀勝負)その2
  4. 『 腑抜けの三郎 』 ―北条重時―
  5. 腑抜けの三郎―北条重時―24
ページ上部へ戻る