小前亮さん「真田十勇士」
先日、「『真田十勇士』& 真田丸現地を訪ねて」で1,2巻についてその他ご紹介しましたが、最終の3巻を読みましたので感想をば。
児童文学はやはり安心して読めますね。
正義とチャンバラと
そして、ほんのちょっぴり含まれた
少年少女の淡いロマンスが心地よい。
1、2巻は佐助の修行と真田家への忠誠。
また後に十勇士と呼ばれる各男達との出会いでした。
で、3巻こそが真田の本領です。
「真田十勇士3」のすごく大雑把なあらすじ
- 大阪冬の陣、真田丸での激戦
- 家康の嫌がらせ
- 和議&幸村暗殺計画
- 大阪夏の陣 開戦
- 後藤又兵衛 VS 伊達政宗
- 大阪城 最終決戦
- 家康本陣への切り込み
- その後の十勇士達
という流れになっています。
戦闘シーンなどは程よく派手で、各十勇士達の得意技などキャラクターがたっていて、女性やお子さんでも抵抗なく読めるのではと思います。
で、英雄伝には欠かせない「幸村生存説」についても書かれていました。
豊臣秀頼さんと真田幸村さんが大阪城を脱出して鹿児島へと落ち延びたって話ですね。
真田幸村(信繁)は生き延びたのか?
さて、以下からは本のネタバレになりますので、未読の方は避けてくださいね。
大阪城落城後に流行ったという以下の歌。
「花のようなる秀頼さまを
鬼のようなる真田がつれて
退きも退いたり加護島(鹿児島)へ」
花のような可愛い男の子を、大柄な男が連れて大阪城を脱出したという、わかりやすい歌ですね。
・・・が、秀頼さんと言えば、祖父である茶々さんのお父さん、長身イケメンの浅井長政さんからの隔世遺伝なのか、はたまた茶々さんの浮気なのか知りませんが、秀吉さんとは似ても似つかぬ大柄なお方。幼いころから神童と呼ばれ書に優れ、文武共に秀でたまさに生まれながらの王子! 身長は2メートル近くもあってお酒も大好きだったとか。
対して、真田幸村もとい信繁は、小柄で穏やかな風貌のひょろい優男なお方。
つまり、どう考えても歌とは別人ですよね。
京や大阪の人は、幸村さんの顔はよく知らなかったでしょうが、秀頼さんの風貌は知ってたはず。もちろん家康さんは秀頼さんの顔も幸村さんの顔も知ってたはず。
それでもこの歌が流行った理由ってなんなんでしょうね。全然わかってない人が願望的に歌い始めたんでしょうか? それとも、わかってたけどわざと歌ってたんでしょうかね? 何のために? そりゃあ、江戸への反発とか。または、脱出を目撃した人からの噂とか?
本の中では、この歌の解釈を以下のようにしています。
「花のようなる」なのは、当時8つの秀頼さんの庶子の国松くん。
「鬼のようなる」なのは、真田十勇士、今回の本で言えば甚八さんと十蔵さん。
本では幸村さんは、大阪城の落城と同日に討死にしてます。
十勇士たちも次々と倒れていきますが、国松は佐助達の案内で九州へと逃れます。
薩摩と会津は有望な高飛び逃亡先?
ちなみに、九州の鹿児島、薩摩島津家。
こちら、鎌倉時代から続く名門です。
頼朝さんの愛人が、政子さんを恐れて鎌倉を飛び出して頼朝さんの隠し子を産んだ・・・
なーんて噂も残るご家系です(眉唾ものではありますが)。
それが、何で豊臣の子を匿ったか?
豊臣方の出陣要請は断ったものの、家康統治後の隠し玉として掌中に入れておこうと思った・・・ってところでしょうか?
逃亡先というものは大抵アテが決まっているものなんでしょうね。よそ者、傷モノを受け入れてくれる土壌というのでしょうか。
それは昔から、北なら奥州、南なら薩摩や琉球。
現代でいうとフィ◯ピンとかアジア圏になるんでしょうか?
鎌倉時代の猛将、朝比奈三郎義秀さんも和田合戦で敗北して船で鎌倉を脱出しますが、その逃げた先は奥州とも会津とも言われております。
話が脱線しますが、会津藩と薩摩藩。
この二つの藩は、大河ドラマ『八重の桜』でも因縁の間柄ですね。
『篤姫』では会津に関してはあまり描かれていなかったように感じますが。
会津と薩摩は共に手を携えて幕末の御所を守りますが、後に薩摩は倒幕の為に会津と手を切り長州と結ぶ。でも最終的には美味しい所はほぼ長州に持って行かれるという(涙)。
結局、会津も薩摩もその武力を利用されただけ・・・。
ちなみに、両藩とも良し悪しの両面で頑固で義理堅〜いお国柄のように感じます。
個人的に縁があるので、その面々を思い浮かべると共通するのが、優しさと正義感、我慢強さ、仁義。
その頑固の徹底ぶりたるや「本来の主旨、忘れてない?」と思うことも。
そして奇しくも福島第一原発、そして川内原発を有する土地。歴史の影の部分を負う国とも・・・。
(厳密には会津は原発の近くとは言っても山々に守られてか、福島の中では他所に比べると多少は害を防いでいるようですが)
因縁を感じるのは私だけでしょうかね。
あ、暗い話になってきたので、この辺で・・・
児童文学の小気味よさ
ほとんどの児童文学が安心して気持ち良く読み終えることが出来るのは、基本的に子供が無事で、希望があるからでしょうか。
勿論たまにブラックで救いようのない作品もあるとは思うのですが、そういうのは道徳や国語の教科書で問題提起的な扱いで必要なんでしょうね。
今回の「真田十勇士」も何人か亡くなるのですが、まだ少年の佐助や、また幸村の子供たち、そして秀頼の子の国松も命を落とさずに生き残ります。国松は戦とは関係のない鍛冶屋として生きていくのです。
真田十勇士も全滅かと思いきや、ふらりと生き延びたのが幾人かいたりするのですが、才蔵は自ら命を断って佐助を助けます。
佐助にとって才蔵は特別な存在だっただけに、その死は佐助を苦しめますが、でもそれも全て受け入れて佐助は立ち上がり、また未来へと歩き始めるのです。
だから、佐助は胸を張って生きていける。
かえでに会ったら、まず何と言おうか。仙台がいくら遠くても、それを考えていたらすぐに着くだろう。
佐助は地に足をつけて駆けだした。日のあたる道をまっすぐに。
「真田十勇士3より」
佐助は忍。本来は「日陰者」。
でも豊臣が滅びて徳川の時代になって世の中が変わり、彼は日の当たる場所で真っ直ぐに自信を持って生きていけるようになるのでしょう。
豊臣秀頼や、真田幸村や真田十勇士、みんなの死が無駄になったわけじゃない。
それに佐助は才蔵の死を直接見ていません。
ということは、才蔵はもしかしたら生きているかもしれない。いや、きっとどこかで生きている。旅をしていれば、いつか会えるに違いない。
明るい未来が見える終わり方は、とても心地がいいですね。
救いようのない世界でも、いや、だからこそ、希望を持ってまっすぐ前を見つめて一歩一歩足を進めていくことの大切さと気高さが愛おしく感じるのかもしれませんね。
いいなぁ。
いくつになっても漫画や児童文学を好きでいたいのは現実逃避の現れなのかもしれませんが、でもやっぱり子どもたちには安心出来る話をたくさん読んで希望を持って生きていって欲しいと思いました。
是非1巻からどうぞ。
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