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真田丸31回「終焉」秀演した小日向秀吉の終演を眺める、周縁のビタミンB1&修煉不足の面々

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あー、出浦さんがいなくなってしまった〜。真田昌幸的な終宴感が〜

真田丸31回出浦対本多

お兄ちゃんってば、やらかしちゃったよ。徳川の手先だよ〜

お兄ちゃん本人に”やらかした”感はないでしょうね。
”また父ちゃんがやらかしたよ”って、考えてるかと。
ま、それは事実なんですが。
あそこで家康さんがお亡くなりになっていたら、どうなっていたんでしょうね。

とりあえず、佐助に伏線バトンタッチされたので、それをどう使うか楽しみに待ちます。

では、勝手にタイトル深読みコーナーから。

LULUSIA-ルルシア-

31回は「終焉 ―シュウエン―」でした。

「終焉」の「エン」はどんな意味なんだろうと思ったら、「ここ」のことだそうです。漢語的に「焉に至って終わる(死ぬ)」と読むそうです。

「此処にて遂に果てる〜」みたいな重さと物悲しさがたまらんね。

では「シュウエン」の同音異義語から。

終焉 ご臨終
終演 舞台の終了
秀演 出来栄えの秀逸な演技
終宴 宴の終わり
周縁 まわり、ふち
修煉 何かがどのように通常行われるかについての知識
醜艶(造語)みにくいものと、あでやかなもの

で、今回の「終焉」は
『秀演した小日向秀吉の終演を眺める、周縁のビタミンB1&修煉不足の面々』
と勝手にタイトルさせていただきました(こじつけ)が、何はともあれ、小日向さんお疲れ様でした!

真っすぐ、かつ、屈折した秀吉さんの終焉を見事演じてらっしゃいました。
先週の子供返りしたような無邪気な呆け秀吉さんや、死の直前ならではのポカーと口を開けたまま眠る物悲しい姿にかなり心臓をえぐられました。

色々な大河・秀吉さんを見ましたが、ある意味共感しやすく、また共感しかねる底知れない怖さを持った印象的な秀吉さんだったな、と。

しかし、62歳と思えない老けっぷりでしたが、実際の秀吉さんってどうだったんでしょうね。勿論、戦国時代は今よりずっと寿命は短いですが、年齢的には、そう大きくは変わらないはずの家康さんとの差が激し過ぎません?

お漏らしはいいとして、認知症っぷりとか、顔の老け具合とか、ヒゲが薄くなって不自然な付け髭付けてたりとか「本当〜?」って思ってたんですけど、調べたら案外本当かもしれないと思い始めました。

 

秀吉さんの死因について、まず、その症状から見ていきたいと思います。

醍醐の花見の後、秀吉さんは下痢・腹痛・食欲不振・手足の激痛を訴えていたようです。
そして、失禁と精神錯乱も。

病死説以外に、毒殺説も残ってはいるのですが、ま、多分普通に病死と思われます。

下痢・腹痛、食欲不振は、「大腸ガン」や「赤痢」などが疑われるようです。
精神混乱や失禁は、「脳梅毒」でも起きるようです。
また、激しい運動は老化を早めると言います。秀吉さんは精力的ですしね。なくはないかも?

真田丸31回秀吉死因

が、現在では「脚気」説が一番強いようです。
というのも「脚気」は、下痢、失禁、精神錯乱、心不全など、秀吉さんに表れた全ての症状に当てはまるのです。

そもそも「脚気」は、栄養不足から起きます。
平安時代の死因ではワースト3に入る「病気の大家」。ちなみに残り2つは「結核」と「皮膚病」だそうです。

平安時代というと貴族は華やかな着物を着て、美食を楽しんでいたように思えますが、主食は強飯というもち米を蒸したもの。仏教が広まっていたので、肉食は禁止。魚は多少摂っていたものの、都にいる貴族達の口に入るのは、保存食として加工済みの干したもの。

おまけに「たくさん食べるのははしたない」という風習があり、中華料理同様に「残すのがマナー」。食べたくても食べられないので、お姫様なんかは着物の下の身体はガリガリに痩せ細ってたとか。

「源氏物語絵巻」のような下膨れの顔が平安美人ですが、あれは実は「むくみ」だった、なんて説も。

ちなみに庶民が食べていたのは、あわやひえ。飢饉も多い不安定な時期。
ただ、地方在住の武士の前身たる土豪達は、狩りをしてその肉を普通に食べてたらしく、その分身体も大きくて力も強かったでしょうね。恐らく貴族や庶民達よりはずっと長生きしてたことかと。

というわけで、平安貴族達は高級料理を食べていたようで、実は「栄養不足」だったってワケ。これが秀吉さんにも言えるのです。

 

まずは「脚気」という病気について調べてみました。

「脚気の主な症状とその進行」

  1. まず、食欲不振が起きる。
  2. 全身、特に下半身に倦怠感が強くあらわれる。
  3. 次第に手足のしびれやむくみ、動悸、息切れ、感覚の麻痺などが起きる。
  4. 進行すると手足に力が入らず寝たきりになる。
  5. そのまま放置すると心不全を起こして死に至る。

確かに、どの症状も「真田丸」の中で再現されていましたね。

お寧さんが焼いた餅を「マズイ」と言って食べなかったですし、
下半身の筋肉が耐え切れずにお漏らししてしまいました。
その後は歩けなくなって、信繁くんとミッチーに抱えられて部屋を出ました。
足が麻痺して動かせなくなってしまったんですかね。

最期が心不全だったかどうかはよくわかりませんが、かなり気が弱くなっていたのは間違いないですね。
「秀頼のこと〜〜〜」
しか言ってなかったものね。

また、心不全の症状の一つに「物忘れ」があるそうです。
信繁くんのことを、すっかり忘れてしまっていましたしね。

「不眠」もあるそうです。
何度も鈴を慣らして信繁くんを呼んでいましたね。

「脚気」と言えば、膝の下を叩いて爪先がポーンと前に跳ね上がるかという簡易検査があります。
小さい頃に学校でやったような記憶がありますが今も学校でやるんでしょうか? 田舎だけ? 今はもうやらないのかな?(^^;栄養の悪い昔の話でしょうか。

つまりは、下半身の条件反射の状態を確認、ってことなんでしょうね。

 

秀吉さんと言えば若い頃は貧乏で苦労して、その後出世して贅沢三昧した人。
当時の再現なんだか、豊國神社に奉納されたお料理は、5膳31品、鯛や松茸、鮑を使った贅沢なものだとか。
玄米ではなく、白米中心の貴族的食生活を送っていたようです。

しいたけ、からすみも好物。
当時は禁忌とされていた牛肉とか鶏卵なんかも、好んでこっそり食べていたとか。

食に関しても珍しさ&精力たっぷりがキーワードで、長宗我部元親さんなんかは、沖合で捕れたクジラをまるごと一頭差し出したらしいですし、虎ちゃんは、お名前通りに虎を一頭まるごと献上。虎は滋養強壮・精力増強に効くので、すっごく喜ばれたとか。

つまり若い成長期には、食べたくても食べられない栄養不足で過ごし、老年になってから加工品・贅沢品をたっぷり食べるという、何とも不健康極まりない食生活ということ。

・・・が、一方で「貧乏苦労時代に食べた麦飯がやっぱり一番だ」とも言っていたとか何とか。
でも結局、玄米や生の食品が足りていない上に大酒飲みでは、やっぱ「栄養不足」ですよね。

そう、「秀吉さんとお酒」で検索すると出てくる「天野酒」。
信長さんや家康さんも愛飲してたという、大阪は河内長野の古酒。まだ現存してるようです。

むっちゃトロリとした味わいが、濃ゆい時代酒を求める歴史人にはたまらない一品。
常温・日本酒、ストレートの根っからの日本酒好きは是非!!

 

・・・じゃなくて、秀吉さんは現在で言うところの「ビタミンB1」が足りていない上に、酒を好んで嗜んだために、「脚気」の症状悪化が早かった、という予測が出来るわけですね。

幼い頃から人質生活で、普段から粗食、健康に気をつかってきた家康さんとの差がここで表れるわけです。

 

というわけで、秀吉さんは「栄養不足」の「脚気」で心不全を起こしたのが直接の死因と思われるのですが、この死因、現代人にとって全〜くもって他人事じゃありません。

それが、タイトル後半の「周縁のビタミンB1&修煉不足の面々」に繋がるわけなんですが、長くなったので別ページに続きます。

 

あ、その前に、秀吉さんが「不眠」つーか、「精神錯乱」で見た男の子、あれ誰かと思ったら、浅井万福丸くんだそうですね。茶々さんのお兄ちゃん。数え十歳。

小谷城落城後に隠れ潜むも、信長の命によって探しだされ、磔の上、串刺しの刑にされました。直接手を下したのは秀吉さんです。そらぁ後味悪かろう。

実際にはないだろうけど、呪いも怖かっただろうし、それが巡って自分の子の秀頼にかかってきそうで「家康を殺せ」ってミッチーに命じたんだろうね。

あー、万福丸くんについても色々語りたいので、やっぱり続きは別ページで。

 

 

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