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北条重時という人物(考察・想像・物語)

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LULUSIA-ルルシア-

 

前回、「北条重時という人物(史実・偉業・家系)」で
北条義時の三男・北条重時くんをご紹介しましたが、

今回は、時代背景や吾妻鏡などを読んでの、
やまの龍の人物考察などについて書きたいと思います。

当時、東国武士には文盲(読み書きの出来ない者)も結構いました。
だから、積極的に勉強する派と、武だけを追及する派に分かれたんですね。

和田義盛などは、完全に武断派。(戦国時代の福島正則・加藤清正など)
梶原景時などは、文派。(言わずもがな、石田三成)

鎌倉幕府が開かれたことによって、文派が大きく力を伸ばします。
京との文のやり取りやら、様々な取り決めは、どうしても文書に残したりが必要ですからね。
また、頼朝自身が勉強家だったこともあります。

だけれど、義時や泰時など、北条氏はいずれも文派です。
元々、北条氏の所領だった伊豆国、現在の韮山付近は、交通の要所でした。そこを治めていたということは、やはりそれなりに京との関わりも強く、

北条重時くんは、当時の武士としてはちょっぴり変わっていました。

彼の残した『六波羅殿御家訓』『極楽寺殿御消息』を読んだ所感ですが、
所謂「武士!」っぽさがないんです。

歴史的にも、穏健派として有名だったようです。
京にも鎌倉にも人望があって、人気者だったみたい。

 

実は、ここが重時くんの物語を書くのでネックになりました。

重時くんは京育ち。貴族として暮らしてたので、
いわゆる『一夫多妻制の人』なんですよ。

奥さんや子供が色々たくさんと……
それゆえの苦労でもあったのか、彼は自分の家訓の中で言ってます。

『妻をよくよく見て一人を定むべし』

うーん。まず実践して欲しかったけどね。。。

正室:苅田義季の娘
継室:平基親の娘
側室:筑前局
側室:少納言

それぞれの奥さんに男の子。揉める原因ですな。
重時くんはうまく揉めずに済ませますが、きっと苦労はしたんでしょうね。

 

<重時くんの長兄・三代執権泰時くん>

泰時くんも重時くん同様に穏健派で、
だからこそ『御成敗式目』のような
・秩序だってて
・人情味にも溢れてて
・文をあまり知らない人達にもわかりやすい
そんな法律が作れたのだと思います。

……ということは、
彼らの父である義時さんこそが、穏健派だったんだろうなぁ。
そのように子育てをしたんだろうなあぁと思わずにいられません。
子は親を見て育ちますからね。

<重時くんの父・二代執権義時さん>

義時はずる賢い、という悪人説も多いですが、
私は、彼は穏健派の正義感溢れる人道家だったと妄想しています。
大河「草燃える」は面白いですけどね。

海千山千の京方や、荒くれ坂東武者達と渡り合うには
優しいばかりでは勿論なかったでしょうけどね。

<重時くんの腹違いの弟・政村くん>

ちなみに泰時や重時らの腹違いの弟、政村くんも
後に、母関連の陰謀に巻き込まれますが、
その大人しい害になりそうにない性質からなのか、
罪には連座されずに赦されております。

<重時くんの同母兄・朝時くん>

ただ、重時くんの同母兄である朝時くんは情熱的な子だったようで、
色々オイタをしては、将軍や父上から蟄居をくらったり
後にはお家騒動を起こしそうになりますが、
それでも何とか無事に生ききります。
ですが、その子孫は……。

兄弟ってやっぱり難しいですね。

 

さて、色々脱線してますが
重時くんの出てくる本やお話について書きます。

実は、重時くん出演の本、資料はムッッチャ少ないんです。
漫画の中とか、チョイ役ならありそうでしたが、
主人公とかって無い! あんなに面白い人なのにっ!

参考資料も検索しまくりましたが、無いったら無いんです!
とりあえずすぐにわかったのは以下の2冊。

「北条重時」(森幸夫・著)

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「武家家訓・遺訓集成」(小沢富夫・著)

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「重時」で検索して出て来たのはこの2冊だけ。
中身は歴史考ばかりで、重時本人の人格について
特に子供時代から若い頃については資料ほとんどなし。

もちろん、小侍所の長官になった後や六波羅探題に就任した後には
「吾妻鏡」に彼の名はたくさん出ますが、それはまぁ置いておいて。

歴史家の方、重時くんには興味ないんでしょうか?

でも、この重時くん。なっかなかの人物なんですよ。
武将・著名人の名言集に、いくつか語録が残っておりました。

 北条重時、名言集へ(そのうちリンク張ります)

また、和歌も多少残っているようです。

 北条重時の和歌へ(そのうちリンク張ります)

 

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