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頼朝・北条好きFanSite「あづまがたり」

頼朝さんは粗食がお好き

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頼朝さんは粗食だったそうです。

ソースがどこか忘れちゃいましたが、

「貴族のような飽食は堕落のモト!」
粗食を心がけていたんだとか。

今、私達は普通に「一日三食」食べていますが、
これは歴史的には、割と近代のこと。
江戸時代くらいからのようです。

国民のほとんどが農民だった頃は「一日二食」だったようで
朝起きてすぐに野良仕事。

仕事が少し落ち着いてから腹ごしらえ。

「朝飯前!」ってヤツですね。

でも、農作業はかなり体力がいる。
なので、朝夕の間に間食を取って栄養補給していたとか。

主食は玄米。
それすらない時は粟や雑穀。

米も今のような炊き方がされるようになるまでは
蒸して食べたり、お粥にされたりだったようです。

 

LULUSIA-ルルシア-

 

そんな頼朝さんが大好きなのは「すはやり・すわやり(楚割)」。

頼朝好物鮭すはやり

「鮭」の燻製だそうです。

佐々木四兄弟の三番目、
私のお気に入りの三郎盛綱さんが献上して
頼朝さんは大層気に入ってその場で歌にしたんだとか。

以下、吾妻鏡にも残ってます。

建久元年十月小十三日甲午。
遠江国菊河宿にて佐々木三郎盛綱、小刀於鮭の楚割に相副へ子息の小童を以て御宿に送り進ず。

で、頼朝さんが歌った歌が以下。

『まちゑたる人のなさけもすはや里のわりなく見ゆる心さしかな』

なさけ > 鮭
すはや里 > すはやり
わりなく > (楚)割

辺りが、掛けられてるようですかね。
和歌に詳しくないので、
このくらいしかわかりませんが。

 

粗食といえば、最近図書館で粗食に関する本を借りて読みました。

「人(大人?)は、1日1食で事足りる!」

みたいな内容。

最初は「えー!」と思いましたが、
1日1食だと長生き遺伝子が頑張ってくれて
健康になるんだとか。

確かに三食は多い気がします。
空腹を感じる暇がない。

で、早速私も「一日一食」を始めました。
今、10日目くらいかな。
きついかな?と思ったのは
初日と、もう一日くらいかな。

著書には「空腹を楽しむように」と書いてありまして、
素直にそうすることにしたら、結構耐えられました。

水分(お白湯や番茶)を結構頻繁に摂っています。

ただ家族がいる週末はどうしても一日一食は厳しい。
(コミュニケーション的にね)
だから、週末は2食か3食。
平日は「一日一食」にしております。

まだ十日ですが、調子いいように思います。
特に肌の調子が!

ただ、体重は減っていません。
でもでも、ピタピタだったズボンは緩くなりました。
どういうことでしょう?

とりあえず、粗食と健康に興味があれば
以下、どうぞ。

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