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とかじり小四郎 ―北条義時―21

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『 とかじり小四郎 ―北条義時― 』

 

 パチリ。パチリ。

 碁石が盤を叩く音が静かな部屋に響く。小四郎はわからないようにこっそりと微笑んだ。

 この音が好きだ。静かな風が流れるのも。多数の人間が小さな盤を二重三重に囲み覗き込みながら無言で時を共に過ごすのも。白と黒の石が盤上を美しく彩っていくのも。

 

 碁の番勝負は二局行ったが、どちらも僅差で小四郎が取った。

「クソッ! あと少しだったのに!」

 重忠が悔しそうに舌打ちするのを聞いて、小四郎はホッと息をついた。二人の対局を後ろから静かに黙って見ていた頼朝が口を開く。

「うむ、誠か。では重忠、馬は義時に返せ。そして義時、そなたは馬の代わりに重忠に妹を一人やれば良い」

「え」

 重忠が驚いた顔で頼朝を見る。

「江間の姫達は美人揃いだぞ。どの姫がいい?」

 小四郎も驚いて頼朝を振り返った。頼朝の声掛かりで嫁取りとなれば、それは正室の扱いとなるだろう。だが頼朝は『江間の姫』と言った。本来は『北条の姫』だ。頼朝は、時政の娘ではなく小四郎の妹として重忠と小四郎に姻戚関係を結ばせようとしているのだ。

小四郎は重忠を見た。重忠には既に安達遠元の姫が輿入れしている。重忠は小四郎を見返し、それから頼朝に向かって深く頭を下げた。

「謹んでお受けいたします」

 重忠を見下ろして頼朝は悠然と笑う。それから扇をハラリと開いて言った。

「うむ、誠に良い勝負であった。北国より酒が届いているぞ。皆で祝杯をあげるがいい」

 わっ、と沸き立つ御家人達を満足気に眺め、頼朝は小四郎に告げる。

「小四郎、今宵は相手をせよ」

 頼朝はそのまま部屋を後にする。小四郎も手にしていた碁石を碁笥に片すと立ち上がった。羨望と侮蔑の入り交じった男達の目が追って来るのを気にしないようにして部屋を辞す。

 

 寝所に入ると、頼朝は碁盤を引きずってきて嬉しそうに先の対局を並べ始めた。

「うんうん、誠、誠。上手に打ったものじゃないか」

 頼朝は目を細めて小四郎を見る。

「大勝はせず、相手に勝ちへの期待を持たせながら僅差で封じるとは腕を上げたな」

 やはり頼朝には読まれていた。

「『負けないようにすれば勝つ』と教えたのもしっかり覚えているようだ。偉いぞ」

『偉いぞ』と、嬉しげなその声に幼い頃の記憶が甦る。

 小四郎が五、六歳になる頃まで、頼朝は蛭ヶ島の館にいて北条館にもよく招かれていた。

 人に好かれる性質の頼朝は北条家の子供達にも懐かれ、いつも誰かしら競い合ってその膝の上にいた。五つ年上の政子もそうだった。いや、一番のお気に入りだったと言っても良いくらいだった。

「あの頃はよく『孟子』を素読して一緒に諳んじたな」

 小四郎は頷いた。

「至誠。足らぬ何かがあるのは、まだまだ誠が足りぬからだ。『孟子曰く。人を愛して親しまずんば、其の仁に反れ。人を治めて治まらずんば、其の智に反れ。人を礼して答えられずんば、其の敬に反れ。行得らず者有れば、皆諸を己れに反り求める、其の身正しければ而ち天下之に帰さん』。全ての問題を他人の責ではなく、自分の責と思うことが出来れば、これ程気持ちが清々しく楽になることはないな」

 この句を小四郎は理解しているつもりだった。頼朝の言葉に神妙に首を頷かせながら、頭の中で幼い頃の伊豆の館の風景を思い出す。

 あの頃は確かに小四郎も皆に愛されていた。父にも母にも家族達にも愛されていた。でも、今小四郎を愛する者はいない。それは自分に仁が足りないからなのか。仁とは一体何なのか。

 でも、それを師である頼朝に問うことはもう出来なかった。

 

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