伊豆が騒がしくなったのは、その明くる年の春のこと。頼朝の叔父・源行家が、以仁王の令旨を手に北条館を訪れたのである。
「平家を討てと?」
宗時が眉をしかめる。それに対し、時政は鼻を大きく膨らませた。
「とうとう来ましたな。源氏の隆盛が」
「いや、父上。慌てない方がいい。もう少し京の様子を見るべきです」
「三郎! そんなことを言っていては機を逃すぞ!」
「うんうん、誠に宗時殿の申す通り。だって私には部下もおりませぬし無理ですよ」
「いや、佐殿のお父上・源義朝公に仕えていた源氏累代の家人が東国にはたくさんいるではないですか! 彼らに声をかけましょうぞ」
あくまでやる気満々な時政に、頼朝は宗時とチラと顔を合わせる。
小四郎も一応呼ばれて同じ部屋にはいたが、何の発言を求められることはなくただじっと座っていた。
「父上、佐殿の元には乳兄弟の三善殿から逐一情報が入って来ますから、それを待ちましょう」
「三郎! お前は何事もそうやって及び腰だからいかんのだ! だから政子も……!」
空気が凍る。言いかけた時政も息をのむ。その後しばらくして下手な咳払いをしながら時政は顔を背けた。
ただ、頼朝だけが真っすぐ前を見たまま気付かないような顔をして口を開いた。
「うんうん、確かに父と志を同じくした武士は東国に幾らかおりましたな。では、その心中を探るくらいのことは進めてもいいかもしれません。使者か文を送るなどして」
そして小四郎はその使者として武蔵国へと送られることになった。
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