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北条政子の夢買物語 1

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アワの夢「北条政子夢買物語」

ケーン、ケーン

どこか裏山の方からキツネの鳴く声がする。
政子は覗き込んでいた手鏡から顔を上げた。
「珍しいわね、こんな時間に」
この辺りの山では、夜にはキツネがよく鳴く。でも今はまだ昼。誰か狩りでもしているのだろうか?

その時、ほとほとと静かな足音がして、妹の時子が顔を見せた。
「ねぇ、姉さん。夢を買ってくれない?」

突如切り出された一風変わった相談事に、政子は妹の顔をまじまじと見た。その伏し目がちな黒い瞳には、いくばくかの不安と迷いの色が混じっている。別にふざけているわけではなさそうだ。
「夢を買うって、一体どういうこと?」
そんな話、聞いたこともない。
すると時子は弱り切った様子で眉を下げ、近頃、高い崖の上を歩かされる夢を見るのだと話し始めた。

「崖の上ねぇ。まぁ、時子は高い所が苦手だものね」
夢の中なら、いくら空を飛ぼうが地に落ちようが死にはしないのに。そう思いつつも、とりあえずは妹の気持ちに寄り添ってみる。
時子はこくりと頷いた。
「そうなの。だから嫌で嫌でたまらないのに、毎晩同じ夢を見るの。住職様に相談したら、怖い夢は誰かに買ってもらえば消えるっておっしゃるから」
政子はため息をついた。
「ねぇ、時子。何か心配ごとでもあるのじゃなくて? 怖い夢を見るのは、心に不安を抱えてるという暗示かもしれないわよ?」
政子の言葉に、時子は押し黙る。
「もしかして変な男に懸想されてたりはしない? もしそうなら、姉さんにお言いなさい。私が代わりに、はっきりきっぱりと断ってきてあげるから」
すると時子は、ふるふると首を横に振った。その瞳はうるうると美しく潤み、細い肩はふるふると震えている。艶やかな黒髪はさらさらと落ち、白くなよやかな手の指はきゅっと握りしめられている。心細そうに佇むその姿は、女の政子から見てもため息がでるばかりに美しかった。
政子は心底羨ましく、妹のその様を眺める。
もし私が男で、こんな可愛い娘を目の前にしたら、間違いなく手を出してるわ。同じ父母から生まれた姉妹なのに、どうしてこうも違うのか。政子と時子は、性格ばかりか、容姿もまるで違う姉妹だった。

「それでね、私が怖くて溜まらなくなって足を留めたら、突然白いキツネが宙に浮いて私に話しかけてきたの」
どうやら、まだ夢には続きがあるらしい。
「へえ、キツネが話すとはねぇ」
まるで、お伽噺のようではないか。
「そうなの。早く登れって言って、私のお尻をその尻尾で叩くのよ」
「ふぅん」
「私、必死で頂上に向かったわ。そうしたら、暗い空から、お日様とお月様が突然私の目の高さまで下りて来て、私の着物の袂にすうっと入ってきたのよ」
時子はその時の恐怖を思い出したのか、ぞっとしたように身を震わせた。
「お日様とお月様が、時子の着物の中に入ったの?」
「ええ、そう」
時子は悲壮な顔で政子を見上げた。
が、政子は弾けたように笑い出した。
「姉さん?」
突然の政子の態度の変化に、時子は目を見開く。
政子は笑顔のまま時子に近づくと、その肩にそっと手を置いた。
「時子、それは心配ないわ。とっても良い夢。吉夢よ」
「え、そうなの?」
「そうよ。お日様とお月様を袂に入れるなんて、最高の暗示よ。夢解きするまでもないわ。時子は良いご縁に恵まれて良い夫と子を得るわよ」
時子の美貌なら、さもありなん。政子はそう結論づけると、また手鏡に目を落とした。
ああ、いやだ。眉がうまく描けないわ。また失敗している。
「そうなの、かしら?」
政子の言葉にも、まだ心配そうな声の時子に、政子は鏡ごしに笑って見せた。
「そうよ。だから安心なさい」

その時、少し低くて掠れた笑い声が廊下から聞こえた。
「良縁の夢なら姉さんが買った方がいいんじゃなぁい? 時子の美貌なら自力で良縁に巡り会えるけど、姉さんの場合はちょっと危なそうだもの」
政子は覗き込んでいた手鏡を時子に押し付けるように持たせると、廊下に顔を出し、一喝した。
「保子、隠れてないで出てらっしゃい!」
すると廊下の陰から、ひょこりといたずらな顔が覗く。
「あはは、ごめんごめん」
政子のすぐ下の妹、保子だ。保子は、とてとてと身軽に部屋の中に入って来ると、妹の時子の肩を抱いてぺろりと舌を出した。
「だって、そうじゃないの。姉さんなら高い山だって崖だって平気で駆け上がるし、キツネが出て来たら弓で射殺して『キツネじゃなくてタヌキなら鍋に出来るのに』って文句言うだろうし、お日様とお月様が袂の中に入ってきたら、『あら、温かい。温石代わりになるわね』って言いそう。だから、その夢は姉さんが貰ってあげればいいのよ」
政子は、返す言葉に一瞬詰まった。
確かにキツネよりはタヌキの方がいいと思う。食べられる。崖だって自分は平気だ。高い所はかえって好きなくらいだから。でも本当にお日様が着物の中に入ってきたら、熱くて火傷するに決まってるではないか。
……いや、そもそもそういう問題ではないだろう。
「保子」
政子はつとめて静かに口を開く。その途端、
「きゃあ、怖い怖い! あはははは」
保子はきゃらきゃらと笑うと、時子の背に隠れた。
「あら、私、褒めてるし尊敬してるのよ? そういう姉さんが、私の姉さんで良かったなぁって」
目をくりくりとさせて見え透いたおべんちゃらを言う保子に、政子は嘆息した。
「もう! あんたは本当に調子ばっかりいいんだから」
傍若無人な発言も多い保子だが、でも妹思いで正義感が人一倍強い性格であることを政子は知っている。また、姉である自分のことを信頼してくれているのも。だから数多くいる妹たちの中では、政子はやはりこの保子を一番頼りに思っていた。

「ところで保子、あんたは一体なんの用で来たのよ?」
気を取り直し、円座に腰を下ろすと政子は妹に尋ねる。すると保子は「ああ」と手にしていた手ぬぐいを政子に差し出して見せた。
「忘れてたわ。姉さん、大変よ。五郎がいなくなった」
「え?」
保子の手には、柱に結びつけたはずの手ぬぐいがぶら下がっていた。そして、手ぬぐいの先にいるはずの弟、五郎の姿は影も形もない。
「保子の馬鹿! それを先に言いなさいよ! 」
政子は一声叫ぶと駆け出した。

 

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