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北条政子の夢買物語 16

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アワの夢「北条政子夢買物語」

 

義時は幼い時から本が好きだった。弓も刀も一通りの武術は身につけたが、それ以上のめり込むことはなかった。それよりも書物を読んでいる時間の方が好きだった。
上に嫡男がいることの気楽さで、無理に表に出る必要もなく、そして上にしっかり者の姉がいることで無理に喋る必要もなかった。妹達はうるさいが義時のことは放っておいてくれる。義時にとっては、この立ち位置が一番居心地が良かった。父はずっといなかったが、兄と姉さえいれば、父はいなくてもいいんじゃないかと思うくらいだった。

「小四郎殿」
かけられた声に、義時は黙って振り返る。そこにいたのは安達藤九郎盛長だった。にこにこと笑顔で義時に近づいて来る。
「いやいや、先日は殿がお邪魔しました。大変楽しい時間を過ごさせていただいたそうで」
義時は黙ったまま頭を下げ、そのまま去ろうとした。だが、藤九郎はさっとその道を塞ぐ。
「我が殿が、是非小四郎殿を屋敷にお招きしたいと。小四郎殿が本がお好きと聞いてお見せしたい本があるからお連れするよう言いつかって参りました」
義時は黙ったまま藤九郎の顔を見た。何度も顔は合わせているが、彼が自分にこのように話しかけて来たのは初めてのことである。藤九郎はいつも兄の三郎に話しかけていた。義時は目線を下げて口を開いた。
「私を取り込んで、姉に対して何かをさせたいのですか?」
単刀直入に切り込んだら、盛長は、にやっと笑った。図星だったようだ。
「いやいや、小四郎殿は誠に実直なお方だ。そうですな。正直申し上げて私自身には下心がないとは言えません。ですが、殿は単純にあなたがお気に召したのです。
もし、小四郎殿をお連れ出来なかったら、殿はとても残念に思うでしょう。いやいや、お忙しい中とは思いますが、是非一度お顔を出してやってください」
義時に忙しいも何もあるわけがない。そして、強く拒否する程のこともない。義時は言われるままに素直に出掛けていった。

「ほら、これが和歌集だ」
義時は無言のまま、頼朝が手渡す書を受け取った。ぱらぱらと紙をめくる。古い紙と墨の匂い。義時は頼朝を放って書に熱中し始めた。
「他にもあるぞ。あ、確か葛の中にも入れてあった筈。なぁ、藤九郎」
藤九郎は頭を下げる。
「楽しいなぁ」
何も喋らぬ義時を、でも頼朝は嬉しそうに見ていた。
「私にも弟がいるのだ。母を同じくする弟が一人と、会ったことのない弟が何人かな。でも、兄は全て戦で亡くなってしまわれた」
頼朝は曖昧な顔をして笑った。
義時は書から目を上げて頼朝を見る。
「仲が良かったわけではないが、でも血の繋がる兄弟だからな」
「血の繋がりなど、関係ありません」
義時は、慰めたいのかそうではないのか、よくわからぬ言い方をした。
「ただ、同じ物を見て、同じことを考えて共に生きることが出来れば、人は皆兄弟と思います」
すると頼朝は驚いた顔をして、それから義時の肩を抱いた。
「そなたの言う通りだ。同じ物を見て、同じことを考えれば、皆仲の良い兄弟になれるな。本当にそうだと思うぞ」
それから、ほぅ、と大仰にため息をついた。
「いいなぁ」
頼朝の呟きに、義時は軽く首を傾げて応える。
「北条の人達は本当にいい人達ばかりだ」
優しく目を細める。
「源家はどうも兄弟仲が良くなくてな。北条は元を辿れば平家だとか。確かに都の平家も一門が皆、仲良しでなぁ。血のなせる技なのかな」
それから、ああ、と思い出したように手を打った。
「ああ、それに平家の女性は強いのだ。したたかと言うかな。例えば、私の命を助けてくれた池禅尼然り、相国殿の北の方然り、もう亡くなられたが院の寵姫であられた滋子殿など女傑が多いんだ。だから政子殿のあの気性もさもありなん、だな」
義時は黙ったまま頼朝を見つめていた。
「小四郎はむっつりかと思ったが安心した」
義時はそれでもまだ黙ったまま頼朝を見た。頼朝が何を言おうとしているのかを推測しているのだ。その顔を見て頼朝は笑った。
「そなたは都のことにも興味があるのだな。随分と嬉しそうな顔をするではないか」
「え」
今の「え」は義時ではない。盛長である。
「いや失礼。私には全然表情の違いがわからなかったので」
藤九郎盛長は、話に割り込んでしまったことを慌てて謝罪した。
義時も内心驚いていた。嬉しそうだ、などと言われたのは家族以外では初めてのことだった。別につまらないわけではないが、表に表情が出ないらしく何を考えているのかわからないといつも言われた。
「あなたは不思議な人ですね」
義時は静かに言った。
「でも、あなたは前と少し変わったような気がします」
前はもっとどこか、何かを捨てているような投げやりな雰囲気があった。
義時の言葉に、頼朝はぱっと嬉しそうに顔を輝かせた。
「そう。最近はまた毎日が楽しくてたまらないのだ。やはり恋とは生きるための糧だな! そうは思わないか?」
同意を求められたものの答えようがなく、義時は無言のまま頼朝を見返した。
「というわけで、小四郎、私に協力してくれないか?」
「出来ません」
義時はあっさりと切り捨てた。随分と単刀直入に攻めてくるものだと半ば呆れながら。断った途端、頼朝は子供のように大げさに、がくりと肩を落とす。
義時は言い訳のように言葉を紡ぐ。
「姉は私の言うことなんかまるで聞きませんから」
「そうかも知れんな。いや、失礼。つまり、姫が首を縦に振るのは、三郎の言葉だけということか」
義時は黙って頼朝を見つめた。頼朝は口の端を上げて目をきらきらさせ、少しいたずらな顔をした。
「うーん、どうやったら私の言うことを聞いてくれるかなぁ。考えると燃えるなぁ」
至極楽しそうな様子に、義時は姉の受難を思う。
「そういうのは悪趣味と言いますが」
一応牽制したら、頼朝は笑って答えた。
「大丈夫だ。私は多趣味だから!」
やっぱり変な人だと義時は思った。でも、嫌いではない。そう思いながら頼朝を見つめる義時に、頼朝はにっこり笑って告げた。
「姉君と私は同志なのだと思う。だからそなたとも気が合うのだな」

 

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