この時代、処女であることはあまり重要視されなかった。女にとって重要だったのは誰の娘であるかということ。また、誰と結婚をしたのかということ。離婚や再嫁は、その身に箔が付くかどうかというくらいで、前の夫がそれなりに名のある人物であれば再嫁先でもその地位が重んじられ、かえって尊敬されるくらいのものだった。
男女の性も広く開かれていて、相互理解の手段として、あまりこだわりもなく行為に及ぶ場合が多かった。血が濃い間柄で子が生まれると何らかの不具合があることが多かったため、兄妹の、それも同腹の兄妹の結婚は禁忌とされていた。ただし母親が違う場合には許された場合もあった。
政子の初めての体験もそんな開かれた世界にあって、誠にあっさりとした感じで終わった。近所の顔見知りの男と偶然遠乗りの途中で出会い、会話を重ねた中で、何となく儀礼的に過ぎたようなものだった。
その後、その男とは何もない。普通に挨拶をする程度だ。その男も今は妻を娶っている。
よくわからない、と政子は思っている。
性行為は一般にとても気持ちがよいものだと、天にも昇る心地だと聞いた。口さがない近所の女衆が、こそこそと寄り集まって立ち話していたのにぶつかって、無理矢理聞かされたこともある。政子もその場では適当に相づちを打って誤摩化した。でも、本当は政子には全くよくわからなかったのだ。
性行為は赤子を産む為に我慢をしてやるものだと、男を喜ばせるために頑張るものだと政子はそう信じていた。
北条館にて。ぱちぱちと燃える竃の火を眺めながら、政子は頭を抱えていた。
「ああ、もう、私の馬鹿」
政子は人生最大の不覚をやらかしたことを、心から後悔していた。
「失敗した。失敗してしまったわ」
頭をぽかぽかと叩く。
「何で、私ったらあの状況で眠ってしまったのよ!」
痛くない。あの日、政子は目覚めてそう思った。
壊れた屋根、ぱちぱちとはぜる炎。馬の足踏みする音。でも、兄はそこにいなかった。
あれは夢だったのだろうか。兄の肌に温められたのは。
政子はううん、と首を振る。あれは確かに夢ではない。だって、私はまだ兄の着物を羽織っている。
あの時、確かに兄の口付けを受けた。そのまま進むかと思われた。なのに下肢に痛みがないということは、進まなかったということ。
考えられるのは、自分が寝てしまったから。
寝ている自分相手に兄が無理強いをするわけもない。
「ああ、私の馬鹿馬鹿!」
自分の頭を更に叩いて反省するが、何を後悔しても、今更時は戻りはしない。
政子は心底がっかりしていた。
痛くても、血が出ても、眠っていても、たった一度でもいい。兄とそういうことがあったと、そういう思い出が欲しかったのに。そうしたら、自分はきっとその美しい想い出を生涯大切に守って生きていけたのに。
それこそ、どこの誰と結婚したとしても。
「あーあ、時間が戻ればいいのに」
埒もないことを考えて、政子は何十度目かの深いため息をついた。
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