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北条政子の夢買物語 6

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アワの夢「北条政子夢買物語」

 途中で水は差されたが、賑やかな市の様子を見ている内に、ようやく政子の心も落ち着いてきた。
 月に一度のこの市には、季節の品が多く並ぶのだ。
 先ほど兄が正月の品を手に入れようとしていたが、確かにそろそろ新年のための支度を始めないといけない。家人の家に赤子が生まれるのも近かった。祝いの品を選んでおいた方がいいだろう。妹達の新しい着物も仕立て始めないといけない。年があけたらすぐ父が帰ってくるのだろうから。

 店々を回って商談をまとめ、購入した物を布袋に収めていく。
 随分と重くなった布袋を、よいしょと持ち上げた所で、通りの向こうの方が何やら騒がしいことに政子は気付いた。
 何事かと近づいてみたら、三人の男達と一人の娘が言い争っている。周りの客たちはそれを少し遠巻きに見物していた。

「そのかんざしは売り物じゃないんです。返してください!」
「かんざし?そんな物は知らん」
「今、その懐の中に入れたでしょう!」
 近隣の娘だろうか、古びた着物を身に纏った、まだ幼い顔つきの娘が泣きそうな顔をしていた。必死なのだろう。真っ赤な顔をしている。
 その前に立ちはだかっている男達の顔を確かめて、政子はあからさまに嫌な顔をした。見覚えがある。伊豆国司の代官館を警護している用心棒達だ。

 国司とは、国から地方に派遣された官人である。
 中央朝廷によって任命された彼らは、元々は任地に赴いて行政を行ったり、租税を集めて国庫に納める責務を負っていた。
 が、貴族達の荘園の広がりなどによって国の財政は傾き、租税制度も変化していった。国司、それもその筆頭である受領にはある権限が与えられることとなる。規定の租税さえ国庫に納入すれば、それ以上徴収してもお咎めなしとされたのだ。
 これにより、受領による税の収奪が開始する。民から租税を多く取り立て、余剰分は自らの懐へ。
 受領は中央の貴族達が任命されることが多かったが、その内、地方にすらやって来なくなった。そこで受領の代わりに税を徴収する職務を与えられ、地方にやって来るのが代官だった。
 当然、代官は地元の領民や氏族達からの恨みを一身に受ける。だから腕は立つが柄の悪い屈強な男達を警護に雇い入れることとなる。その雇われた者達がまた、代官の権力をかさにあちこちで問題を引き起こしていた。

「こん女、証もないのに、言いがかりつけるじゃんけ」
 男の話す言葉は、この辺りのものとは微妙に違う訛りを帯びていた。
「だって私、見てたんです!それは母の形見だから返してください!」
 娘の声は金切り声になっている。
 あまり良くない状況だと政子は思った。兄を呼びに行こうか。兄ならきっと何とかしてくれる。
 そう踵を返そうとした時、
「ほんなこんぬかすなら、見ろし!」
 娘と問答していた男が着物の襟をばっと左右に開いて大きく胸元をはだけさせた。
「ひ……っ!」
 娘が息を呑んで目を瞑る。

 が、そこにはかんざしの影も形もなかった。
 娘の顔が真っ青になり、代わりに男達の顔が、にたにたと嫌な色を帯びる。
「難癖つけやがって」
「こっちぃ来う。落とし前つけさせてくれる」
 男の一人が娘の手首を掴むのが見えた。下卑た笑い顔。
 連れて行かれたが最後、まず間違いなくこの娘は家に帰れなくなる。
 政子の胸いっぱいを、激しい怒りと嫌悪感が占めた。

 気付いた時、政子は既に足を踏み出していた。
 手にぶら下げていた布袋を男に向かって投げつける。
「待ちなさいよ!」
 様々な品の入った布袋は、娘の手を引いていた男の後頭部を直撃し、ドサッと重い音を立てて地に落ちて砂埃をあげた。
「何しやがる!」
 後頭部を直撃された男が、鬼の形相でこちらを振り向く。
 政子は怒りに全身を支配されたまま口を開いた。

「あんた達、それでも男なの? か弱い娘に向かって凄むだなんて、恥を知りなさい!」
「なんだぁ? こん女」
 もう一人の男が、わざとらしく身体を揺すりながら、ゆっくりと政子に近づく。
「おまん、身なりはいいようじゃが、どこの家のお姫さんだい」
「そんなこと聞いてどうするのよ」
「ふん、正義感たっぷりなのはいいことだら。ただしな、俺達がご主人に、こん市でのこと進言したら、おまんの家の領地の税が今の倍に跳ね上がること覚えておけよ」

 政子の腹の中のどこかが、ぷちんと切れた音がした。
「やれるもんなら、やってみなさいよ」
「あ?」
「いつまでもあんた達みたいなやつらの思い通りにはならないんだから!」

 兄はいつも言ってる。何もしていない貴族達が特権を得ているのはおかしいって。

 嫌いだ。
 そんな政治の話なんか嫌いだ。
 そんな話、面白くもないけれど、嫌いだけど

 でも感じるのだ。兄は、弟は、東国の男達は何とかしようと考えている。

 たまに、館に人が集まる。
 そういう時は大抵、例の源頼朝も大きな顔をして上座に座っていて、だから私はさっさと奥に篭ってしまう。
 でも食事を用意したり、顔を出さなくてはいけない時もある。すると男達は私に意見を求めてくる。
 女の意見なんか聞くつもりもないくせに、酒の肴に嗤うつもりなのだ。

 私は請われるままに口を開く。
「今こそ武士が起つ時ですわ。いつまでも貴族どもに大きな顔をさせておくものですか!」
 私の言葉に宴席の男達は喜んで手を叩き、囃したてる。
 兄も満足そうな顔をして頷く。
 そうよ、兄さんがそう望むから私は言うのよ。そんな心にもないこと。
 本当は別にどうだっていいのに。

 そして今、政子は中央から派遣された代官の家人達の前にて大きく息を吸い込んだ。

「今に見てなさい! 武士が起つわ……悪徳貴族どもを蹴散らしてやる!」

 大きな声で叫んだら、少しだけ胸がすっとした。
 周りで少し距離を置いて様子を窺っていた人たちが、少し遅れて「わっ」と歓声を上げる。

 男達は一瞬、たじろいだ顔をした。
 でもその中の一人、一番後ろにいた男の目が鋭く光ったことに政子は気付いた。今までほとんど口を開かず、黙って冷たい笑いを浮かべていただけだったのに、今は目をぎらぎらとさせ、食い入るように政子を見つめている。

 しまった。
 調子に乗り過ぎた。

「随分と勝ち気な娘じゃんけ。面白いことを言うな」
「ああ、確かに貴族なんぞ蹴散らしてくれそうだら」
「美人じゃあねえが、こん娘よりは面白いかもしれんな」
男達の興味は先ほどの娘から、すっかり政子に移っていた。
 政子はこくりと唾を飲み込んだ。
 外出用の動きにくい着物。普段の格好ならともかく、今は走って逃げることなど不可能だ。それに兄と一緒だからと、すっかり油断していて護身用の小刀も木刀も持ち合わせてはいない。

 政子はちらと横に視線を流して露店を見た。
 隣の露店との間を仕切っているこん棒に目が止まる。
 政子は市女笠を留めていた紐を顎から外した。そのままゆっくりと笠を取り外すと店の片隅に置き、そこの主人に声をかける。
「これ、借りるわね」
 政子は太目のこん棒を手に取った。木刀を握るように構える。

「なんだ? 俺達とやり合う気かい」
「おっかねぇ姫さんだな」
「ちょんこずくなよ、怪我すんぞ」

 男達の嘲笑をよそに、政子はこん棒の手触りを確かめた。
 ごつごつしている。
 でも、中身はあまり詰まってはいない。正面から強い衝撃を受けたら砕けてしまうだろう。まともに合わせてはいけない。
 政子はこん棒を構えながら、三人の男達を観察した。
 かんざしを盗んだと思われる単純馬鹿そうな身体の大きな男が一人。にやにやと下卑た笑みを浮かべている細身の男が一人。そして一番後ろに、この中では一番の主格と思われる男が一人。それぞれが武器の太刀を腰につけている。

 こくりと唾を飲み込む。
 冷静になって、改めて政子は自分が不利な状況にあることを感じていた。彼らの身のこなし、持ち物の質からして、単なる野盗崩れではなかった。それなりに正式に訓練を積んだ者たち。多分、彼らは本来はどこかの氏族の郎従。
 それが何故、代官の家人として雇われ使われているのだ。

「あんた達、どこの家の者よ」
「あ?」
「あんた達、武士でしょ。武士なのに……武士のくせに、どうして代官なんかの家来になってるのよ!」
 男達が軽く顔を見合わせる。それから政子を冷たい目で見た。その顔からは笑いが消えていた。それで答えは十分だった。

 政子は、すうと細く息を吐いた。
 彼らがどんな事情でここにいるかは知らない。これ以上聞いたって答えてくれはしないだろう。
 それよりとにかく、今はこの状況を打開しないといけない。自分の首を更に絞めた自らの軽率さを呪ってみるが、今更それを言っても仕方ない。
 男達はもう、物を知らない女をからかう安易な状況ではなくなったことを認識していた。既に、政子は口封じの対象となっていたのだ。
 一発、相手の急所に叩き込もう。後はなるようにしかならない。願はくは、この騒ぎに兄が気付いてくれることを祈るばかり。

 南無三……

 政子は心の中で唱えると、男達との間合いをはかった。

 と、その時、ひゅいっと鋭い音がして、地面に矢が突き刺さった。
 男達の足元にだ。

「おまんら、ええからげんにしろし」

 高いとも低いともつかぬ、不思議な音程のその声は、政子達の頭上から聞こえて来た。首を巡らす男達より先に、政子はその声の主を見つけた。寺の門塀の上に立ち膝をつき、こちらに向かって矢をつがえている少年が二人。
 一人の少年は浅黒く精悍な顔つきで、鋭く厳しい目で男達を睨みつけている。
 もう一人の少年は色白で繊細な面立ちをしていて、口元には笑みを浮かべていた。
 どちらも年若い様子だったが、折烏帽子をつけている所を見ると元服は済んでいるようだった。
「何しやがる、小童共! 降りて来ろし!」
 邪魔をされた男達がいきり立つ。
 それには答えず、少年達はつがえていた矢を更にきりきりと引き絞った。
 目つきの鋭い方の少年が口を開く。
「おまんら、甲州(山梨)の者だら。こんな所で何してる」
 少年の言葉に、男達は顔を見合わせる。
 ややして、一番後ろにいた主格の男が、はっと顔色を変えた。
「若……!」
 それを聞くと、残りの二人の男は戸惑った顔をして主格の男と少年達の顔を見比べた。  
 若と呼ばれた少年は、矢をつがえていた右肘の力を少し緩めると、屋根の上に立ち上がった。
「儂はおまん達がどんな役を負ってるかは知らん。儂には関係ない。だが甲州を穢すことは、この儂が赦さん! わかったら、さっさと去ね!」

 問答無用の強い口調に三人の男達は呑まれたようになった。少年は顎をしゃくって、男達を下がらせようとする。政子は身が助かったことを感じたが、握ったこん棒の構えは外さず、黙って彼らの様子を窺っていた。
 が、去ろうとしていた主格の男が、政子と目が合った瞬間に足を留める。少年の方を振り仰ぎ、引き下がって見せた。
「しかし、こん女が……」
 と、その時、澄んだ子供の声がした。
「ねえちゃん」
 はっと目線をやったら、男達の後ろ、開けた道の真ん中に五郎が立っていた。
 危ない!
 それは男達の退路だった。

 咄嗟にこん棒を投げ捨て、駆け寄ろうとして気付く。
 五郎を抱え上げる逞しい腕。
「一体、何の騒ぎだ?」
 男達の退路を宗時が塞いだ。左腕で五郎を腰に抱え、静かな目で男達を見やる。
 ゆったりと、ただ立っているかのように見えて、腰が落ちていることが政子にはわかった。右手は五郎の足を支えているようで、すぐに太刀に手が届くように配されている。

 その時、道の端でへたり込んでいた先の娘が、慌てて立ち上がった。五郎を指差して声を上げる。
「あっ、それ、母のかんざし!」
 見れば、五郎の手には赤いかんざしが握られていた。
「え?……あれ?」
 腹まで着物をはだけさせていた男が、慌てたように袖の内側を探る。
「これ?おっちゃんの袖にくっついてたよ」
 五郎がその男を指差し、あどけない笑顔を見せる。

 かんざしが袖にくっつくわけがない。そして、それを五郎が取れるわけもない。宗時か誰か、騒ぎに乗じて隙をつき、袖の中を探ったのだろう。
「きっと、この娘さんの店で何かを買った時に袖に引っかけてしまったんだな」
 否やを言わせぬ雰囲気で宗時は薄く笑うと、そう決着をつける。そして五郎を下ろすと、ぽんとそのお尻をはたいた。

 五郎がとてとてと駆けて行き、娘の手にかんざしを渡す。
「はい、どぉぞ」
「ああ、母様……」
 娘は顔を上気させると、その赤いかんざしをぎゅっと胸に抱きしめた。
「こいつ!」
 顔を真っ赤にさせた男が、五郎を掴もうと手を伸ばす。が、男の手が五郎に届く前に、その肩に三郎の手がかかった。
「何か話があるなら、この北条三郎が話を聞くぞ。いつでも館に訪ねてこい」
「北条三郎……」
 男たちは一瞬、目を合わせる。でも、それ以上何も言わずに立ち去って行った。最後、少年達の方をちらと見上げながら……。

 

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