「どれどれ、龍穴は本殿の下だったかな?」
楽しげに祇園社の鳥居をくぐり先導する具親。三郎は少女と並んでその後を追う。
「面白い方ね。あの人は公家であなたは武家なんでしょう? 一体どういう関係?」
「義理の父なんだ。母の再婚相手だよ」
「ふぅん、雰囲気が似てるから血の繋がった親子かと思ったわ」
「残念ながら血の繋がりはないんだ」
血の繋がりがあれば良いのに。源具親と朝姫の子であれば。鎌倉の北条の子でなければ。母が亡くなってから三郎は何度も何度もそう思った。でもそれは叶わぬ願い。
「あら、本当に残念そう。血の繋がったお父君にはお気の毒なこと」
からかいの口調に三郎は困って横を向く。その時、突然少女は一声何かを叫んで駆け出した。
見れば黒い小さな物が落ちている。少女はそれを拾い上げると手のひらに乗せた。
「生まれたばかりの子猫だわ。なんて可愛いの」
先ほどまでの彼女とは違う、とても嬉しそうで柔らかな笑顔。普段からそういう顔をしていればいいのにと三郎はこっそりと思う。でも、それにしても……
「それのどこが可愛いの? 鼠みたいに見えるけど」
思わずそう言ってしまう程、その黒いものは小さく、そして猫の形をしていなかった。
「猫よ! 生まれたばかりはこうなの!」
「でも生まれたばかりの子猫が、どうしてこんな所に落ちてるのさ?」
「きっと母猫の移動中に落ちちゃったのよ」
「じゃあ、母猫が迎えに来るんじゃない?」
すると、少女はその黒い固まりをじっと見つめてから、そっと地面に置いた。三郎の手を引っ張り、少し離れた茂みへと連れ込む。
「どうしたの?」
少女は「シッ」と指を口に当てた。
「母猫が来た時、私達がいたら近寄れないでしょ」
それで木の後ろから見守ることになったのだが、母猫らしき気配はなかなか現れない。
「迎えに来ないね」
呟いたら、少女は怒った顔で鋭く答えた。
「迎えに来るわよ!」
そろそろ具親の所に戻らなければと思ったけれど少女は動こうとしない。必死な目で祈るように手を合わせて子猫を眺めている。
「母猫が子猫を迎えに来ないわけないわ。人間と猫は違うのよ。母猫は子猫を大切にするんだから」
彼女は唇を噛み締め、怒りすら感じる顔で子猫を見ていた。
「もしかして、君……」
言いかけて口を結ぶ。聞けるわけない。「君は捨て子なの?」なんて。
その時、ザッという音がして振り向けば、それは子猫を抱くようにして現れた。良かった、母猫が来たんだと思った。だが彼女の悲鳴で我に返る。母猫に見えたのは真っ黒なカラスだった。
カラスは地に落ちていた子猫を爪で掴むと飛び上がる。
少女は手近にあった石を掴んで投げつけた。だが当たらない。カラスは浅葱色の目を光らせ、からかうように旋回し始めた。爪の中で子猫はピクリともしない。
「放しなさいよ!」
「無理だよ。カラスが放すわけない」
きっと巣に持ち帰り食うのだろう。カラスは雑食だし、と言いかけた三郎は、次の瞬間、頬を思いっきり張り飛ばされていた。
「何が無理よ! どうしてそんなに諦めが早いの? あれが自分だとして、あなたの親が『仕方ない』って諦めたらどんな気分よ!」
三郎は目を瞬かせた。女の子に殴られるなんて初めての経験だった。
「あ……!」
短い叫びに顔を上向かせれば、カラスは移動を始めていた。高い、高い杉の木のてっぺんへ。
石を投げようと振り上げていた少女の手が落ちる。三郎は、少女自身が諦めてしまったことを知った。もう届かない、助けられないと肌で感じたのだろう。唇を噛み締めたその姿に、三郎の心がごとりと動いた。
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