「三郎、大丈夫か?」
過ぎ去った嵐の後、しばらく硬直していた三郎に優しい声をかけてくれたのは泰時だった。
「彼はからかっているだけだ。気にするな」
泰時兄はいつも冷静で穏やかだ。三郎は涙を零しそうになったが、義秀が去った方角を眺めてなんとかごまかした。同じように義秀の馬を目で追っていた時房がつと三郎に向き直る。
「三郎は義秀の養女を知ってるのか?」
「あ、はい。京で一回会ったんです」
「ふーん、そりゃ好都合。これぞ縁ってか」
思惑有りげな時房に首を傾げる三郎。時房は首を横に振ると、さらっと話題をかえた。
「ところで朝時はどうしてる。大人しくしてるか?」
「はい。ずっと写経しています」
時房は、あーあ、と気の毒そうに笑った。
「あの、御所様のお怒りはまだ……?」
「まぁな。今回は御台様がことにお嘆きらしくてなぁ」
その時、泰時が三郎の肩に手を置いた。
「三郎、お前の元服は延びそうだ。すまないな」
自分のせいでもないのに頭を下げる泰時に、三郎は慌てて手を振る。
「兄上が謝られることなんて何も。元服なんてどうでもいいんです。僕は本当は僧になりたくて。許して貰えないけど……」
ぼそぼそ呟く三郎に、泰時は優しく微笑んでくれた。
「ああ、僧か。それもいいよな」
それから三郎の頭にそっと手を置く。
「でも、私はお前が側にいてくれたら、とても心強いと思っているよ」
泰時の優しい言葉と頭の上に置かれた掌の温もりは、鎌倉に居場所を無くしていた三郎の胸に温かく沁みる。
「江島に行こうとしていたのか?」
「いえ、久しぶりの鎌倉だったので懐かしくて散歩していただけです」
泰時は江島の方に目をやり、また三郎に向き直った。
「実は、仏師の運慶殿が弁天像を江島に奉納するのに立ち会うところなんだが、三郎も同行しないか?」
三郎はぱっと顔を輝かせる。
「はい。是非お供させてください!」
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