三人は船で江島に向かった。風が出て波が荒い。少し重い気分になる。僅か眉をひそめる音に時房は笑顔で話しかけた。
「ところで乙姫、運慶殿は知ってるかい?」
音は頷いた。義秀の父・和田義盛は運慶に三つの仏像を依頼していた。音も見せて貰ったことがある。どこまでも厳かで堂々と大きい阿弥陀三尊像。その身体に纏わり付く着物の襞は美しく静かに波打っていた。毘沙門天像と不動明王像は今にも動き出して天罰を与えそうな迫力だった。闇を強く見据える瞳に魅入られた。そう言えば『玉眼』の言葉を初めて聞いたのは三郎に会った時のこと。懐かしく思い出す音に時房は和やかに続ける。
「その運慶殿の弁天像が江島に納められたんだけど見たくないかい?」
音は顔を輝かせ「見たい」と強く頷いた。
「へえ、運慶殿が。それは知らなかったな」
「こちらから依頼したものではなくてね。運慶殿が『弁天様は芸能にご利益があるから納めさせてくれ』って持って来たんだ。しっかしこれが凄いんだ。えらく感動するぜ?」
運慶殿の弁天様。きっと阿弥陀様のように高貴で清らかで静かな美しい像なのだろう。そう想像していた音の期待は裏切られる。
「こりゃまた随分色っぽい弁天様じゃんか」
義秀はひゅうと口笛を鳴らし、時房はげらげらと笑い、音は絶句して背を向けた。
「こりゃすごい。あそこまでしっかり彫られてるとはな」
「そうそう。あれ? 乙姫は見ないの? 見たいって言ってたくせに」
からかうような時房の声。音は後ろを向いたまま、真っ赤な顔をして怒鳴った。
「そんなの見れるわけないでしょ!」
「いやいや、そんなことを言ってはいけないよ。この岩屋は赤子の生まれ出る産道を示しているのだから、それを具現化した弁天像を奉納することは誠に理にかなってる」
厳かな感じの物言いだけれど、からかいの響きが多分に含められているのがわかる。
「もう帰ります!」
岩屋を出ようとした音は時房に腕を掴まれた。彼は先程のふざけた表情は綺麗に消し去り、じっと探るような目で音を見ていた。
「弁才天は蛇の神。水を治める龍神。龍女の君には馴染み深い神様なんじゃないのか?」
『龍女』の言葉に音は硬直した。何故それを? 着物の裾から龍の鱗が見えたのだろうか? でも音は常に脛巾を巻いて素肌が見えないように覆っている。あの日だってそう。
「龍神が女の形を取ったのが龍女だってね。龍神の加護が多い程、鱗もはっきりすると」
音は義秀を振り返って助けを求めた。義秀は時房を鋭く睨み据えていた。
「時房。お前、何故乙姫のことを調べた。一体、何を言いたい?」
「乙姫は龍女なんだろう? 頼朝公が彼女を江島に隠した。君はここに覚えがある筈だ」
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