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腑抜けの三郎―北条重時―37

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 八幡宮の鳥居に彼女が姿を現したのは約束の刻を大分過ぎてからのこと。

 茜色の小袖に若葉色の湯巻、髪は緩やかに後ろで纏めていた。余程急いだか肩で大きく息をしている。夢でも見ているような心地でぼんやり彼女を眺めていたら、いきなり手を引っ張られた。

「走って!」

 言うなり、言は暗闇に向かって駆け出す。

「えっ? どこに行くの?」

 重時は引っ張られながら叫んだ。彼女は何も答えず重時の手を強く握って走る。その髪の毛が風に流されてさらさらと重時の腕に当たった。ふと着物をからげて走る白い足元に目がいく。知らん顔しようとしたが目に焼き付いてしまう。魚の鱗のような痣が見えていた。重時はそっと目を逸らした。

 八幡宮の脇道には白いこぶしの花が咲き揃っていた。白い花はぽつぽつと明かりを灯すように冷たい夜の空気を暖める。二人は走るうちに法華堂の裏山に辿り着いていた。

「ここまで来たら大丈夫よね。秀太ったらずっと見張ってるんだもの」

「え、見張ってるって、どうして?」

「うん……まぁ、ちょっと色々あってね」

 言は下を向き足元の砂を削り始めた。そう言えば京でも男達と口論していた。何か事情があるのかもしれない。俯く少女の横顔は切なげで、重時は思わず自分の胸を叩いていた。

「僕に出来ることがあったら言って!」

 驚いた顔で重時を見上げる少女。

「君の為なら、僕は何でもするよ!」

 勢いに乗って口が滑った。それから慌てて「死んだりとか、戦に行ったりとかは嫌だけど」と小さな声で続ける。

 何でも、だなんて大きなことを口にしたのは初めてだった。でも彼女が元気になってくれるなら本当に何でもしてあげたいと思った。言は戸惑ったような顔をしていたが、少しして「あなた、いい人ね」と笑った。ふんわり優しい目。

「三郎は元服したんだね。格好いいよ。折烏帽子がよく似合ってる」

 真っすぐに言われ、気恥ずかしくなって下を向く。言に格好いいと言われるなら元服して良かったかも、と単純に思ったりする。

「お念仏、唱えてる?」

 重時が強く頷くと、言も嬉しそうに頷き返し、胸元から懐かしい守り袋を取り出した。

「あの玉、持って来たよ」

 小さな透明の玉を指で摘み、暗い天にかざす。それを見て重時も懐の中を探った。

「綺麗な玉ね。どなたかにいただいたの?」

「よく覚えてないんだけど、江島で溺れた時に掌に握りしめてたんだって」

「……江島? 腑抜けは江島にいたの?」

「だから、その腑抜けってやめてよ」

「ごめん。でも重時だと別人みたいだもの」

 微笑を浮かべる言に、重時は肩を竦めた。

「別に腑抜けでもいいけどさ……」

 重時はぺこりと頭を下げる。

「あの時はごめん。玉持ってて平気だった? 何も無かった?」

「ええ。確かにあの時は驚いたけど何もなかったわ。私たち夢でも見てたんじゃない?」

 重時はそっと辺りを見回し、言との距離を詰めた。誰もいないのに声を潜める。

「実はこの玉、不思議な力を持ってるんだ」

 

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