「祖父上、父上! どうかお留まり下さい。叔父上方もどうか冷静に。御所様に弓引くなど、とんでもないことです」
和田義盛と、その嫡男・常盛に必死で懇願するのは、常盛の嫡子・朝盛だった。だが義盛は鼻で嗤って取り合わない。
「これは御所様への謀反にあらず。大罪人・北条義時を成敗するのだ」
常盛も既に勝利を手にしたような顔で息子に告げる。
「そうだ、朝盛。お前は御所様の信頼も厚い。戦に勝ち、我らが将軍様をお守りする際には、そなたが一番の家の子となり活躍するのだぞ」
「三浦義村が囲み、横山党や曾我、中村らが揃えば北条など恐れるに足りぬわ」
その時、静かな声が場を乱した。
「その義村は、果たして我らに兵を出しますかね?」
三男・朝夷奈義秀の発言に、義盛はその太い足をドンと床に落とす。
「義秀、お前は義村が我らを裏切ると言いたいか」
義秀は「さぁてね」と肩を竦めて見せ、それからぐるりと周りを見回す。
「義時と義村は母が姉妹の従兄弟。義時の烏帽子親は義村の父。義村の娘は泰時に嫁いで嫡子を生んでいるし、頼朝公は三浦をよく訪問していたから尼御台も義村と仲が良い」
「フン、尻尾を振るのがうまい犬めが!」
「それに対し和田と三浦は同族で血は近いが、宗家と庶流で割り切れない部分もある」
すると義盛の五男・義重も口を出した。
「義村は、和田が領土を取り過ぎだと、安房は三浦宗家の物だと言っていると聞きました」
途端、和田義盛は顔を真っ赤にし、扇を床に打ち付けて砕いた。
「何を言う! 我が父・義宗こそ三浦の嫡子ぞ! 土地も役職も、我らが三浦の主だ!」
その剣幕に一族はしんと静まり返る。
「大体、あの臆病者めが、我らに刃向かえるはずもなかろうが」
「では起請文を書かせれば良いのでは?」
起請文は、誓いと共に神仏の名を記すことで、約束を違えないと誓う文書である。
「三浦は和田を裏切らないと、神仏に誓いを立てさせればいいのですよ」
常盛の爽やかな声に、居合わせた者らは一様に賛同してその場は分かれたが、それが却って三浦の離反を招こうとは誰も思いもしなかった。
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