重時の目の前には姫君然と飾り立てられた言がいて、様々な感情が入り交じった目で重時を見ていた。お互い何かを言おうと口を開くが何も出てこない。言葉の代わりに大粒の涙を零す少女に重時は動揺した。
「言、大丈夫? どこか痛いの?」
慌てる重時と黙って泣き続ける言に、側に控えていた女達が笑いさざめく。
「あらあら、まぁ……」
「ほらほら、お二人にして差し上げねば」
着物を引きずらせて女達が出て行く。一人の女官が重時に寄り、耳打ちした。
「女が泣いた時には、肩を抱いてお慰めしてあげるものなのですよ」
重時はその女官を見上げた。したり顔の女官。重時は素直に頷いて返事をした。
「うん、わかった」
女官は万事承知と言った顔で微笑むと続きの部屋へと去る。そこから二人の様子を窺うつもりなのだろう。重時は立ち上がると言の側に寄った。手を伸ばして彼女の肩を抱く。ぴくりと震える小さな身体に、そっと問う。
「言、大丈夫?」
その途端、言は首を大きく横に振った。
「大丈夫なわけないじゃない。どうすればいいの。海に帰りたいよ……」
しゃくり上げる彼女をしばらく黙って抱き締める。少しして嗚咽が落ち着いた所でそっと言の手を取り、手にしていたそれを握らせた。はっと目を落とした彼女に頷いて見せる。それはあの夜、強い光を放った玉。
「お守りだから。君に渡しておくよ」
それからまた声を落として耳元で囁く。
「僕が大丈夫かって聞いたのは君の身体のことだよ。動ける? 怪我はしていない?」
言は濡れた目で重時を見上げた。その肩をしっかりと支えると重時は小さく囁いた。
「ここを抜け出そう」
和田と北条の間は張りつめた関係が続いていた。重時は言を返すことで朝夷奈義秀と交渉して和田を抑えて貰おうと思っていた。戦を止めたいと思っていた。
「あの夜に言い損ねたことを言うよ。僕は僕の志を決めたんだ。僕の志は戦を無くすことだ。和田も北条もどちらにも戦って欲しくない。例えそれで腑抜けと笑われても」
言はまだ小さくしゃくりあげていた。でもその目には少し力が戻ってきていた。ごしごしと涙を拭くと言は小さく微笑む。
「重時、立派な腑抜けになったね」
それから、そっと耳に口を寄せた。
「私の本当の名は音、と言うの」
もう忘れないで、と続けられ、驚いて首を横に振る。忘れないよ、と答えたらほっとしたように頷いた。その顔を見ながら、どこか懐かしく感じる。
でも、その夜の逃亡計画は失敗した。重時は京に送られることとなる。
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