第五章 「和田合戦・猛将・朝夷奈義秀」
三浦胤義はその日、兄・義村の館を訪れていた。二人は同母の兄弟で仲が良かった。
「和田がこの館に足繁く通っていることが御所で噂になっております。三浦は和田につくのか、決戦はいつになるのかと」
弟の言葉に義村は大きく顔を顰め、床に拳を打ちつけた。
「義盛めのせいで中立が保てなくなった! あいつはこの私に起請文まで書かせたぞ。愚弄するにも程がある!」
義村は数日前に義盛に起請文を求められ、和田に加勢することを誓わされていた。
「決起はいつと定まったのですか?」
「明後日の五月三日だ。横山の一族なども駆けつけることになっているらしいが……」
「兄上、義盛殿は浅慮で計画性がないように見受けられます。味方して大丈夫なのでしょうか?」
「知らん!」
義村は忌々しげに吐き捨てる。
「三浦と和田は同族。和田が三浦に起請文を書かせたことも、既に北条の耳に入っているかもしれません。もし北条が勝ち、和田が敗れた場合、我らはもし兵を出さずとも三浦一族として連座させられるかもしれません」
「三浦一族だと? 和田など傍流のくせに! いつも偉そうに宗家に命令をしおって!」
三浦宗家を継いでより、ずっと鬱屈していた思いがこみ上がる。三浦の惣領は義村なのに、義盛はいつも義村を見下げて来た。
「和田と北条、一体どちらが勝つのか……」
頭を悩ませる義村に、胤義は冷静に言葉を継いだ。
「和田も三浦も北条の比ではない大軍勢を持っている。一度声をかければ横山は元より曾我や中村などの一族も駆けつけましょう」
「では和田に追従するが良いか……」
「だがもし和田が勝てば、義盛殿が更に天狗になられましょうな」
和田義盛の得意顔、そして自らへの圧力の増大を想像し、義村は顔を顰めた。
「北条が勝つ見込みはないのか?」
「兄上が北条にお味方すれば戦況は変わりましょう。嫡流が動けば庶家も従う。それに北条は御所様を抱えております。もし将軍の勅命がおりれば、全ての御家人が従わざるを得ない」
義村はそっと目を落とした。自らを納得させるように首を頷かせる。
「先日、北条の家人が来た。和田の所領の辺りの話をして帰っていった。御所様を抱えれば筋は通るし恩賞にも預かれよう」
「では、和田を切りますか」
弟の問いには答えず、義村は立ち上がった。星を見ようと戸を開けるが、曇り空で星は見えず月影も無い。それでも月はどこかにいる。
「起請文など、紙に書いた文字でしかない」
義村はじっと天を見上げ、手は合わせずに神仏の名を唱えた。
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