その頃、和田館は騒然としていた。
「挙兵が北条に漏れたやもしれません!」
危急を知らせる男の声に場は一気に殺気立つ。御所の偵察に立っていた男は膝をつき義盛の顔を見上げると、拳を震わせ言上した。
「先程から御所の様子がおかしいのです。まず義時と広元が御所に急いで入りました。それから後、続々と兵が集められています」
「三浦はどうした?」
「三浦の動きは未だわかりません」
「漏れたのなら仕方ない! 北条どもの兵が揃わぬ内に先手を打つぞ!」
和田は予定の期日より一日早く蜂起した。門外に出て閧の声を上げる。男達の声は由比の浜を揺らした。
そこから北東へとまっすぐ御所を目指す。既に開戦の噂は鎌倉中を走り抜け、町民達は荷を抱えて逃げ惑っていた。その鎌倉の道を埋める百五十の軍兵。彼らは三手に分かれた。
一の軍、御所の南門。二の軍、義時の館の西北の両門。三の軍、広元の館の正門。
義時の館と広元の館は留守居の武士が僅かしかいなかった。板を並べ、必死に矢を打ち交戦するが館はすぐに落ちる。次に大軍は御所の西南の政所前にて御所を守る御家人とぶつかる。その先陣は波多野。
その後ろに三浦がいた。
「三浦だ! 三浦が来たぞ!」
援軍が来たと喜びの声をあげる和田に対し、三浦は閧の声を返した。
「謀反人、和田義盛を討ち取れ! 首をとって恩賞に預かるのだ!」
和田の兵達は驚愕した。三浦は親戚だ。血も近く、婚姻の契りも繰り返されてきた間柄。その場はひどい修羅場となった。
「三浦が和田と合戦を始めました!」
御所に報が入る。ほっと安堵の息を漏らす実朝に義時は続けた。
「ですが和田は鎌倉一の剛の一族。数も揃っています。容易には落とせないでしょう」
「御家人達が鎌倉に揃うのは夜半になるか」
腕を組み地図を睨みつける広元に、義時は頷いた。
「ええ。ただ、その軍が我々に付くか和田に付くは不明ですが」
実朝が息を呑む。広元は実朝に向き直った。
「この数ヶ月、御家人達は密かに様子を窺っていました。いつ合戦があってもおかしくないと準備していた筈。だから彼らは先を争って鎌倉に入り、戦況を見てどちらに味方するかを判断します。和田が優勢ならば和田に、北条が優勢ならばこちらに」
実朝は悲鳴を上げる。
「義時、広元、どうにかならぬのか!」
広元が義時をちらと見、それから実朝に向かって恭しげに口を開いた。
「御所様、お願いがございます」
その時、大音声が響き渡った。鏑矢が一斉に放たれる音が四方八方から迫る。三人は黙って御所の南の方角を見据えた。御所が取り囲まれたことを彼らは知る。
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