その頃まさに御所の南門前では、馬に騎乗した義秀が御所内に攻め入らんとしていた。
「我こそ朝夷奈義秀! 傍若無人の義時の所業を諌める為に起った。将軍をたぶらかし権威を欲しいままにする逆臣・北条義時と中原広元に従おうという者は前へ出て我と戦え! その首刎ねて由比の浜に並べてやる!」
義秀は高揚していた。今日の自分は身体がいつもより軽い。刀が軽い。腕が大きく振れる。声がよく通る。
これは何かに似ている。ああ、そうだ。見たこともないような大きな鯨と対峙した時のことだ。波を蹴立てて現れたそいつと俺は目が合って、そして対峙したのだ。銛を持って。
御所の南より見て北の方角、御所の向こうに連なる龍の眠る山々を眦に、義秀は武者震いをした。ニィと大きな笑みを形づくると腹から吼える。
「朝夷奈三郎義秀ここに見参! いざ尋常に勝負しろ!」
周りを取り囲む御所の護り手達は、義秀の迫力に気圧され一歩も動けずにいた。義秀はゆっくりと馬から降りる。後ろの供に持たせていた棍棒を手に取る。目指すは南門。
「うおぉぉぉぉ!」
吼えて走り出す義秀に、足を竦ませていた護り方の御家人が慌てて立ち塞がる。義秀の狙いが南門であることに気付き、決死の覚悟で身を投じたのだ。
「うわぁぁぁぁ!」
恐怖のあまり目を瞑っている者までいる。それでも彼らは必死でその場に留まった。
「お主らの忠義、見事! 覚えておくぞ!」
棍棒を振り回す。
ガキョッ!
鈍い音を立て、護り手達の身体は刀もろとも薙ぎ払われて横飛びに飛んで行く。御所の壁にぶち当たり、ぐしゃりと潰れる。その場の空気は冷たく凍った。
その中を義秀は薄い笑みを浮かべて立ち上がる。月明かりと松明の明かりに照らされ、その姿は鬼神のごとく見えた。
「わぁぁぁぁ……!」
飛ぶ虫が火に吸い寄せられるが如く義秀に群がる護り手達。だが今日の義秀には自分以外の全てがか細く、弱々しく見えた。
ズズ……ン!
重い音が御所内を震わせる。御所を守る大きな南門が御所の内へと倒れこんだ。義秀が南門を棍棒で叩き壊し、足で蹴破ったのだ。和田の兵達が大歓声を上げる。
南門から御所内へとなだれこむと御所に向かって火矢を次々と射かけ始めた。
「燃やせ! 義時と広元を炙り出せ!」
だがその頃、義時らは既に地下の隠し通路から法華堂へと逃れていた。
「御所は大丈夫なのか」
後ろを振り返り不安げに尋ねる実朝に、義時は首を横に振った。
「火矢がかけられた由。御所は直に燃え落ちるでしょう」
呻く実朝の先に立ち、静かに前を向いて歩きながら義時は続けた。
「御所は焼けてもまた建てれば良い。将軍、あなたが居る所こそが幕府です」
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