その頃、音は八幡宮の東の山を抜けて六浦港へと辿り着いていた。果たして六浦には十数艘の大型船が湾に浮かべられていた。鎧に鉢巻、戦支度の巴が音を見つけて駆け寄る。
「どこにいたんだ! ずっと探してたんだぞ!」
音はそれには答えず、船に向かって走る。
「巴姐! 船を一艘だけ残して全て出して。和田が危ない! 由比が浜へ助けに行く!」
重時が戦場にて負傷したかもしれないと聞いた時、音は重時の言葉を思い出したのだ。
『僕の志は戦を無くすことだ』
私の志も同じ。大切な人達に死んで欲しくない。戦って欲しくない。ならば今の自分に出来るのは彼らを助けに行くこと。
「でも父さんは六浦で備えるように言っていた。いざの時はこちらに逃げて来ると」
「和田軍は既に由比まで押されている。ここまで落ち延びられない」
巴はギリッと唇を噛み締め、叫んだ。
「者共聞け、出陣するぞ! 由比まで船を回して和田軍を救うんだ!」
大きく地を揺らした地震とその余震が少し落ち着いた頃、和田軍は由比の前浜で僅かな休息をとっていた。そして夜が明ける頃、勢いを取り戻そうと若宮大路へと進む。だが大路は泰時と時房が守り、それ以上兵を進められなかった。
そんな頃に鎌倉に到着した曾我、中村らの相模武士は、困惑したまま立ち往生をしていた。
「何故、三浦と和田が戦っている。将軍と御所を押さえて義時らを討つ手筈ではなかったのか」
「和田は賊軍だと、三浦が北条に付いたらしい」
「何と! 三浦め、一族を裏切るなど」
どちらに加勢していいのか動けずにいた彼らに、幕府からの御教書が届く。それは義時と広元が連署し、将軍・実朝の花押が記された正式なる命令書。
『和田が謀反を起こし御所は落ちたが、将軍に別状はなし。謀反人らを討ち取り、その首を持参せよ』
将軍の命は絶対。和田と密約を交わしていた相模の御家人らも北条へ下る。
これにより和田の敗北は決定となった。
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