その頃、義秀は矢を受けながらも立ち上がっていた。和田の兵達に大声で檄を飛ばす。
「武器と鎧を捨てて海に潜れ! 泳いで船まで辿り着くんだ! 一人でも多く逃げろ!」
音は懸命に海の中を進んだ。義秀を助けなくては。三浦義村を倒さなくては。あと少しで義秀の元に届く。
だが、そんな音の頭上に大量の矢が降り注ぐ。
「音! 危ねぇ! 来るな!」
義秀は音の上へと覆い被さる。
「やめて!」
叫んだその時、ズズズ……と嫌な地響きが鳴り響いた。
地震の前触れだ、と思った直後、地面がドゥッと大きく弾んだ。そして下がる。すぐに続いてひどい横揺れが浜を襲った。由比の浜に集っていた男達は、皆、地に手をつく。
ひどく長い横揺れが済んだと思った直後、空から轟音をあげて雨が降り始めた。昨日より降ったり止んだりしていた雨。それが突如、滝のように海に打ち込み始めた。音を立て、海を真っ白に染める豪雨。空気が煙る。
雨は火矢の火を消してくれた。だが、味方も敵もわからなくなるほど強く打ち付けて前も見えない。その間に、和田の残兵は船へと続々と集まりつつあった。
これなら何とか撤退できるかもしれない。皆がそう思った。だが、ふと異変に気付く。波が音を立てて引いて行くのだ。遠浅の由比が更に浜を広くする。船は砂の上へと乗せられつつあった。
浜にいた老兵が真っ青な顔で口を開く。
「に、逃げろ……。逃げるんだ!」
叫ぶが早いか、弓も刀も投げ捨て鎧も脱ぎ捨て、異様なまでの慌てようで材木座奥の高台に向かって駆け出す。
「津波だ! 津波が来るぞ! 高台へと走れ!」
それを合図に相模の土着御家人達が我先にと駆け出した。ここ由比は津波が起きれば大変な被害が出ることで有名な土地だった。
「急げ! 津波が来るぞ!」
「逃げろ! 逃げろー!」
撤退の伝令が飛ばされる。三浦の配下のものが義村へと駆け寄った。
「殿、撤退しましょう。早く山沿いへ」
「しかし和田兵が逃げてしまうではないか!」
「津波が来れば船も打ち上がる。全滅です」
義村は唇を強く噛みしめると、不気味に水の減った浅瀬を見、それから背後の山を振り返った。そして何も言わずに山へ向かって走り始めた。浜には死体だけが残される。
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