タグ:頼朝&政子
行け、と頼朝が顎をしゃくるのが見えて、小四郎は再度頭を小さく下げると歩き出した。「ごまかさないでよ!」 背中から聞こえた政子の声は鼻声になっていた。金剛の涙に釣られたのだろうか。「ごまか…
「金剛が私の子だと?」 冷たく尖った声に小四郎は驚いて顔を上げた。政子も驚いた顔をしている。「何をふざけたことを。冗談も大概にしてくれ」 頼朝はつまらなそうに手元の文にまた目を落とした。政…
「富士川の戦いの時、私はあのまま京に上るつもりだった。でも止められたのだ。東国の武士達は腰が重い。自分達の土地が最優先だからな。だから私は決めた。まず足元を固めようと。あの頃はまだこの鎌倉はただの荒れ地だった。先祖伝来の土地というだけだった。だからまず、この鎌倉を一つの都にしないといけない。奥州の藤原のように」
ああ、もう。 政子は泣きたい気持ちで天井を見上げた。 火の粉がふわりと飛ぶ。 朱色、鬱金色、瑠璃色、紅緋色に白。舐めるように揺れる炎の形。いっそ、この火が鎌倉中を燃やし尽くしてくれればいいのに。全て夢にして、昔のままに小さな館に家族三人、放っておいてくれたらいいのに。
案内されたその小屋は外見はひどい掘建小屋だったが、中は意外に片付いていた。 中央では薪がたかれ、パチパチと軽く温かな音を立てている。 部屋の隅には、手足を洗う為の桶と水も用意されていた。
ザザザ……波が引いていく。 月の光の中、真っさらに撫でられた砂浜の上を慌てて走る蟹の影が映る。 「尻が冷たい」 頼朝は腰まで濡れた袴を摘まみ上げ、呆然とした様子で呟いた。 「座ったあなたが悪いんでしょ。私だって足が冷たいのよ」 そう、政子は履物のないまま砂浜に立っていたのだった。
「やぁ、政子。遠乗りに行かないか?」 第一声がこれ。軽い。あまりに軽過ぎる。政子は自らの額を指で押さえた。 「まだ夜ですけど」 「うん、夜だな。でもまあ、ちょっと海までとか……」 「行くわけないでしょ」 「何で?」 「何でって、危ないからに決まってるじゃない。あなた、自分の立場をわかってるの?」 「わかってるとも」
「兄さま、行かないで」 幼い妹が見上げる。 母が亡くなり、まだ喪もあけず 父は愛妾の元で、足も遠く 我ら兄弟三人は心細く生きていた。
義時の兄である三郎宗時は、頼朝挙兵時の石橋山の合戦で討死した。 義時は父に言われるまま、その後を付いて安全な方へと退却したのに、兄は自ら大庭と伊東が待ち受ける激戦の地へと戻って行ったのだ。あの時の兄の後ろ姿は忘れられない。 何故、次男である自分があちらに向かわなかったのか。 今でも悔やまれてならない。
「時政が鎌倉を出た?」翌々日、のんびりと葉山を出て御所に戻った頼朝が聞いたのは、政子の父、北条時政が鎌倉を出て伊豆に帰ってしまったという知らせだった。「北条一門を引き連れて伊豆国に引き上げ…